2014年11月15日土曜日

自分に似ている人

松の会の演奏会が終了したあとは、お楽しみの食事会なのでした。

 あ、これ会場だった料亭・赤坂金龍の本日のお品書きです。

いつも、この食事会を楽しみにしているのは、お料理が美味しいのと、松の会の皆さんとお話が出来るからです。で、今日はお向かいに圭哥さんことAさん、圭楓さんことYさん、お隣は露生さんことOさんという黄金トライアングル。

 先付 胡桃どうふ。
で、今日もいろいろな楽しい話題がありましたが…。
ひとつ、虫六積年のつっかえが取れた話がありました。

前菜 紅葉南瓜 秋刀魚棒寿司 慈姑煎餅 鰻カステラ 餅銀杏阿部川
それは、虫六が誰に似ているかという話。
世界には、自分にそっくりの人が3人いるという話がありますが…。誰でも、誰かに似ているねなんてことを言われることはあると思います。でも、その誰かによっては微妙…ってこともありますよね。

お椀 蕪菁真丈 嵐山紅葉
で、最近、虫六に似ているらしい人は、姉弟子Cさん周辺では、濱田岳クンだって言うんだね。
…どこが似ているのか、ぜんぜんピンと来ませんが。小柄でぷくぷくしているところか…?おでこなところ?ふーん、虫六子も濱田クンは好きだが母とは似ていないと申しております。
っていうか、濱田クン、男子だし。

造り 鮪 鯛 烏賊 山葵醤油
で、で、またその話をされたので、うーむと納得できないまま、
「私、若い時はよくジュリエット・マシーナに似てるって言われました」とカミングアウトしたところ…。

Aさんがすかさず、「あぁ、なんとなく分かる。でも、それ嬉しくないわね」と!
 
 焼き物 銀鱈洋風焼 べったら大徳寺
(うわ、そうなんです。なんか、微妙だったんです!)
Aさん「だって、彼女、不幸顔だもんね。あなた、そうじゃないわよ。」
(うをー、うをー、それだ!それだったんだ!)
Aさん「いや、印象的な役がそうで不幸顔のイメージがついたのかもしれないから、素顔の彼女はわからないけどね。」

 煮物 鰊昆布巻 里芋 南瓜
そうなんですよ。実際は、フェリーニ監督の奥さんだし、聡明な方らしいし、似てると言われれば光栄でこそあれ、文句をいう筋合いはないのですが…。なーんか、ひっかかるものがあったのよ、おれ。(しかも、家人Tを含め、数人の男子に言われておりました。たぶん褒めてくれたつもりで。)

油物 椎茸双身揚げ 海老尾立揚げ
そんなわけで、このん十年氷解しないままだったこだわりを、この日Aさんが打ち砕いてくださいました。でも、ジュリエット・マシーナさんは好きですよ。彼女が出演した映画も!

ま、歌舞伎座界隈で、舞台をバックに筋書きを撮っている濱田岳似のおばさんがいたら、そいつが虫六ですってことで。

食事 麦とろ 香の物
こんだけ食べても、トロロご飯はお腹に入ります。きっと擂り鉢ですりすりしているな、このトロロは。全体に仕事がしてあるおいしいお料理でした。さすが、赤坂の料亭は違いますね〜。

あ、フルーツ撮り忘れた!

2014年11月9日日曜日

十一月新派特別公演

さて、今年のお浚い会を無事(でもないですが)乗りきりまして、自分へのご褒美に、ひさびさ黒い虫六、新橋演舞場に姿を現すであります。ほっほー。

いつもとなーんか違うなぁと思ったら、櫓が立ってないのだ。歌舞伎じゃなくて新派だから立たないのですね。ある意味、新鮮。…そう思って振り返ってみると、新派の舞台ってほとんど見た事ないんだな、初めてかもしれず…。

なぜ、新派の舞台を見に来たのか?それは、十七世・十八世の中村勘三郎追善公演で、中村屋の若太夫兄弟がご出演だからです。追善公演は10月歌舞伎座でも行われていましたが、次の上京は11月1日のお浚い会と決まっていたので、狙いを定めてのチケ・ゲットであります。

◆十一月新派特別公演


平成26年度(第69回)文化庁芸術祭参加公演

一、鶴八鶴次郎

   鶴賀鶴次郎 : 中村 勘九郎

   鶴賀鶴八 : 中村 七之助

   興行元 竹野 : 立松 昭二

   弟子 鶴子 : 瀬戸 摩純

   番頭 佐平 : 柄本 明

二、京舞
  ―劇中追善ご挨拶申し上げます―

   片山春子 : 水谷 八重子
   杉浦 : 近藤 正臣

   おきく : 高橋 よしこ

   松本佐多 : 伊藤 みどり

   おまき : 青柳 喜伊子

   まつ子 : 石原 舞子

   片山博通 : 中村 勘九郎

   片山愛子 : 波乃 久里子

 劇中に追善ご挨拶があり、毎回ゲストが変わります。

■日程
 2014年11月1日(土)~25日(火)

昼の部 11:00開演

夜の部 16:30開演

そんなわけで、追善公演の演目は、芸もの二題。
『鶴八鶴次郎
』。鶴次郎(勘九郎)と二代目鶴八ことお豊(七之助)は、新内の相方で、若いながらもそれぞれ名人の呼び声高い人気者。舞台のこととなると、互いに譲らず喧嘩がたえない。っていうか、鶴八にご贔屓の旦那ができると鶴次郎の機嫌が悪くなり、ついつい難癖つけて意地の張り合いが…、というめんどくさい関係。なんだかんだでお互いに好いていることが分かり、夫婦になる約束をして、師匠でお豊の母である初代鶴賀鶴八の名のついた寄席「鶴賀亭」を作ろうと心をひとつに。しかし、その寄席を作る資金を贔屓の旦那に借りたことが分かって、鶴次郎はまたまた嫉妬で逆ギレ…、愛想を尽かしたお豊はコンビ解消を言い渡して、旦那のもとへ、三味線弾きをやめてしまう…。

難しいなー、芸人は。互いが才能を認め合う天才どおしなのに、それが発揮できない、芸を潰してしまう方へ方へと向かってしまう、依怙地さ。もったいないっていうか、犯罪行為でしょ。男の悲哀の前に、どうにかしろよ、そのめんどくさい性格を!と突っ込みたくなった虫六です。

でも、寄席が華やかな頃の楽屋と、落ちぶれた芸人が行き着く場末感、大正時代の芸能界ってこんな感じだったのか。新内の全盛期でしょうし。このお芝居は川口松太郎が第1回の直木賞をもらった小説の舞台化らしいです。鶴次郎の役は十八代目も務めたとのこと、そうでなくても勘九郎がやると被ってしまいますけどね。

『京舞』の方は、三代目井上八千代さんをモデルに、北條秀司さんが書かれた脚本とのこと。京舞の家元の剛胆なキャラクターが面白い。まさに大刀自って感じ。これは、もとは十七代目が片岡春子役をやることになっていたのが、体調不良で降板することになり、水谷八重子(当時良重)が急遽代役をすることになったという曰く付きの役だそうです。

舞台が始まったときは、新派って女優がいっぱい出るんだなー、それにしても全体的に老齢化が…と、ちいと戸惑いましたが。京都の芸者衆の粋な風情は、ぽっと出の女優さんには表現できないわけで、次々出てくる洋髪に着物のご婦人方のカッコ良さに次第に目を奪われました。そして、大刀自に振り回されるお芝居が面白いこと…。新派、食わず嫌いだったかもしれません。波乃久里子さんも大奮闘。若い頃の役は…若い役者を使ってもありでない?と思わなくもありませんでしたが、後半はきりっとしていかしてました。勘九郎と七之助の新派出演は心強かったでしょうね。

虫六が見た日の追善挨拶のゲストは竹下景子さん。
白っぽい山霞の模様の着物姿がすごく清楚でステキでした。思い出話も面白く、頭のいい人だということがよく分かる。竹下さんもお三味線やっているんですよねー。

ロビーには、十七代と十八代の遺影が飾ってあり、思わず手を合わせてしました。
十八代を見送ってから、もう2年も経つんですね。本当にあっという間です。
でも、ふたりの息子は確実に大きくなっています。近くで見守っていてください。合掌。


2014年11月6日木曜日

松の会2014

11月1日、赤坂の金龍にて、「第14回松の会」があり、我が忠美恵一門も日頃のお稽古の成果を聞いていただきました。


虫六の出番は後半の2番目くらいで、出し物はこの1年お稽古してきました『鞍馬山』でした。
再三言い訳しておりますが、お仕事山場つづきでまったく暇なし。その状況で、朝早起きしての自主練…ではありましたが、前日の先生のホテルでの最後のお稽古で、やっとOKがでるというギリギリ感。っていうか、あのOKも先生のおまじないだったかも。
お三味線、人生の彩りのつもりが、ストレスになっております(爆)

で、ド緊張で本番がやってきまして。右にお唄の圭江先生、左に忠美恵先生、直矢さんと並んでくださいましたが…。(あれ、なんで先生、お三味線おいてんの?)

!!!!!!!!!!!!!!(゚ロ゚屮)屮

なぬー!前弾き、私ひとりでやるんですか!!
あー、そういえば大薩摩のときは確かに立てがひとりで弾いて、二枚目以降は三味線は膝にのせずに床に置いてました…思い出した。
思い出せば、先生「ここは貴女ひとりで弾くのよ!」とは言っていたけど、練習のときは先生もお三味線を持っていたので、このシチュエーションは想定外。脂汗が滲んできました。

「ハオー」の掛け声だけは先生が掛けてくださって、なんとかひとりで前弾き完奏。やったーと思ったら、緊張が持続できなくなり、合奏部分は音符があちこち抜けてしまいました。とほほ、せっかく覚えたはずなのに…。でも、何カ所かある独奏部分だけは立派に弾けたと、よしよしと先生に褒めていただき、モチベーションを明日につないだ虫六でした。

おわたー。

ところで、今回の『鞍馬山』は、虫六にとってはとっても勉強になり、かつ、とても好みの曲でした。
まずは、撥使いのコツのようなものが掴めた気がしたこと。これまで勘所をはずさないことにばかり気をとられていた私ですが、糸をビィンビィンならす感触がなんとなく身体に入って気がして、撥が、音を表現する上でとても大事だと理屈でなく実感できました。また、その上で勘所がばっちりあうと、倍音が増幅して、炎がめらっと膨らむような、ときにはアークが飛ぶような陶酔感がやってくるのですよ。これは、聞いている人より演奏している本人が一番強く味わう快感であると思っております。
そんなわけで、大薩摩、まだまだ奥深い。もっともっと上手になりたい。
次の課題曲も気になりますが…。

2014年11月4日火曜日

10月に読んだ本

2014年10月の読書メーター
読んだ本の数:2冊
読んだページ数:539ページ
ナイス数:34ナイス

不屈の春雷〈下〉―十河信二とその時代不屈の春雷〈下〉―十河信二とその時代感想
「イデアリストにしてリアリスト」と著者は書いていますが、肚芸の深い大きな役者だったのだなぁ、十河信二という人物は。新幹線開発の秘話に興味を持って読み始めたのですが、後編の大部分は満鉄や浪人時代の話、人生の終盤に国鉄総裁を引き受ける際の密約として、「広軌新幹線」の建設を取り付け、政治家に潰されないように策謀と大芝居でコマをすすめる様は、まるで「忠臣蔵」!後藤新平や千石貢など明治以来の広軌派の仇を討ち取った體に読めてドキドキしました。開業式に招待されなかった十河の肚にあった思いが伝わってきました。
読了日:10月31日 著者:牧久

ドミトリーともきんすドミトリーともきんす感想
高野さんのお久しぶりの新作は、朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹という日本の自然科学の礎となった大科学者たちの読書案内。若き科学者が学生寮「ともきんす」の母子を相手に、科学に詩が織り混じっているような不思議なやりとり。自己表現を殺して、漫画による実用書を目指したという高野さんの線は、強弱が付かない製図ペンで描かれたらしい。でも、基本的に定規で引いた形跡はなし。クールだけど、冷たくはない。やっぱり高野さんの世界になっている。トモナガ君の「滞独日記」を紹介したページの引用と挿絵は飾っておきたい。
読了日:10月5日 著者:高野文子

読書メーター

2014年10月27日月曜日

鞍馬山、未だ霧の中

虫六です。
職場では、毎週末にどっかんどっかんと血圧が上がるような行事ごとがあり、休み抜きの今日この頃、練習もままならないままに、今週末は「松の会」本番となってしまいました。あぁ。


今日は久しぶりで先生の稽古。予行演習で横並びで弾いていただきましたが…。げげ、暗譜ができてない…、手が停まってしまいました…||Φ|(|゚|∀|゚|)|Φ||  
あんなに朝練したのに、身についてないじゃないか…。(っていうほど、練習してないってことですけど)…本番で白くなるのか俺?怖いぞ。

そんなわけで、出来にダメがでまして、譜をだいぶ削られてしまいました。とほほ。
ちょっと良いところだったのですが…悔しいなぁ。しかし凹んでいる暇はありません。抜いた譜の構成を覚えなければ!今年は、譜を見ないで弾くんだもんね。
…最大の敵は自分の中にいるってことで。






2014年10月16日木曜日

いまも線路がちぎれたままだった

10月初旬、テツ道ご指南役の皆さまと気仙沼線を走っているBRT(バス高速輸送システム)に乗ってきました。…という目的のツアーに参加して、なかなか足を向けるチャンスがない気仙沼を訪ねてみました。

 ツアーの出だしは、リゾート快速みのりで小牛田まで行きます。
リゾート快速、先日長野でも利用しましたが、お薦めです。

座席を回して、遠足気分で乗っていると、岩切あたり(はっきり覚えておりません)で、寝台特急カシオペアが急に車窓から見えて、車内のみなさん大騒ぎ!もうとっくに東京に着いてなければいけない時間なのに、側線に停まっておりました。機関車故障かナーとか、みんなドキドキしておりました。

戦隊ものみたいな顔つきのリゾートみのり(小牛田駅にて)。
あっという間でした。

 小牛田駅は、キハ車両の集合基地となっております。

東日本大震災の甚大な被害により、気仙沼線は柳津駅から鉄道は復旧されておらず、今も不通です。BRTというバスに乗り換えて、気仙沼まで行きます。
BRT*は、もともと線路だった専用道路と一般道路を乗ったり降りたりして進みます。鉄道で行くよりはだいぶ時間がかかるようです。私たちが乗ったバスは立派な低床ハイブリッドカーでした。
 *「BRT」とは、バス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit)の略で、連接バス、PTPS(公共車両優先システム)、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムです。  …詳しくは、こちらを参考に。


一般道から専用道に入ります。
一般車両がまちがって進入しないようにハッキリ色分けしてあるようです。

鉄道線路があったところをタイヤで走る不思議な感覚。海を眺めながら、トンネルもくぐっていきました。

 あ、色分け道路だ、そろそろ専用道路から一般道へ降りる地点です。
ガランとして、何も無い土地という印象…。

ここは志津川駅付近の仮設商店街「南三陸さんさん商店街」。
今回は途中下車出来ませんでした。

あ、これは有名になった南三陸町の防災対策庁舎です。真横を通りすぎていきました。
更地に雑草が生い茂り、道路は工事されているけれど、殺風景な景色が延々と続いています。このあたり、震災前はどんな様子だったのかな。

 遠くの高架橋が途中で崩れていました。あぁ、線路がちぎれている。

うわっ、無残。
3年半、このままなのか…。国も、某巨大民間鉄道会社もなんとかしようとは考えていないってことなのだろうな。たぶん。

 本吉駅はまだホームがありました。
線路がここで切られて、ここから専用道路に入ります。

 瓦礫の山をみると、やっぱり心が冷えますね。まだまだこんなにあるんだ。

気仙沼駅に到着。
お隣は大船渡線のホームです。

 南町紫市場の特急寿司で、お昼をいただきました。

鉄道好きの親方。瓦礫の中から見つけ出したというOゲージ模型がカウンターにかざってありました。

K御大(86才)の付き添いで、御大のおばさま(95才)という方に会いにいきました。このあたりは、津波にさらわれてガランとしており、まわりは廃墟然とした建物が目立ちましたが、そのなかで営業しているお店や病院もありました。

「おばさん、若い時本当に綺麗で、おばさんに会いたいためによくお家にお邪魔したもんだった。でも、あいかわらずお若いね。」
「あらいやだ、Kちゃん、私ももう95ですよ。こんな普段着で失礼してごめんね」
    (まだまだお若いお二人でした…)

海の方に行ってみたい気もしたのですが、御大がご一緒だったので歩かせる分けにもいかず、タクシーで駅に戻りました。運転手さんに聞くと、気仙沼もだいぶ人が減ってしまって、がんばって仕事に出て来ている人のほとんどもまだ仮設暮らしなんだとのことでした。

 駅に戻ると、ポケモントレインが出発するところでした。

 1時間に柳津行き1本、本吉行き1本って感じですかね。

帰りは珍しいキハに乗って、一関経由で帰ってきました。S市についたら夜でした。

BRTという交通システムがどうかということはいろいろ評価が分かれているようです。
しかし、震災の生々しいキズを負った線路がずっと放置されている状況を間のあたりにすると、そのショックの方が正直大きかったです。地元の人は毎日これを見ているんですね。
復興の順番とか採算とかいろいろあるのかも知れないけれど、交通の問題は、国も「黒字民間企業に税金投入出来ないから、意見もできない」なんて投げ出さずに、国造りの問題としてリーダーシップを持って取り組んで欲しいと思った次第です。いずれ、まだまだ時間がかかりそうですが…。