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2018年10月17日水曜日

2度目の「梅の栄」_第5回忠美恵会

13日は、我が松永忠美恵一門のお浚い会でした。

予告のとおり、会場は宮城県知事公館。明治時代の建物です。
もう、お座敷文化が壊滅している仙台あたりでは、長唄の演奏会などさせてくれる会場はなかなか無いのです。いつもお借りしている広瀬川沿いの市民センターはこの日、自前館のお祭りイベントで貸し出ししないと言われ、途方にくれた先生を尻目にこの会場を探しだしたのは、へへへ、虫六の手柄です(←つまり自分で自分を褒めている( ̄ー+ ̄))

お天気も良くて良かった。

ただ場所を貸していただくだけなので、会場作りも限られた時間内に自分たちでいたします。といっても、今年は忠美恵会の参加メンバーは3名。家の事情や健康問題などでお休み中の方々もいて寂しい限りです。そんなわけで若手(といっても50代)が中心になって家族・親族を動員してバタバタと。
「何人来るかなー、足りないんじゃないかな…」
「座布団、もっと前に出したら…」
「だめだめ! 」(←なるべく客席と距離をとりたい人の声)

本日の番組と曲解説。

東京から松の会の皆さまがご到着。貴賓室を控え室に使っていただきました。
「へー、知事さん使ってないの?」
「良い建物ですよね。庭もきれいねー」

貴賓室にセットアップされたお三味線。

そのころ、我が一門の控え室では…。
(いや、もう緊張するからこの部屋にいたくないのであった…)

本番前に、忠三郎先生に調弦していただいて準備完了!

あとはやるだけー。
虫六は番組最初の方で「梅の栄」を演奏しました。
実は、この曲は3年前の仙台でさせていただいた曲。覚えておられる方も少ないと思いますが、成長できているかどうかを、自分にも課せられておりました(;´▽`A``
でも、実家往復のため夏にお稽古できなかったので、自分の中にはやる前から敗北感があったのですが、なんとか挽回して仕上がったので、自分を追いつめるつもりでお友だちにお知らせしたら、たくさん聞きに来てくれて、嬉しいやら緊張するやら…。
足を運んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。

辞めるのは簡単だけど、細く長く続けていれば、苦しいときもこの楽器が心の支えになってくることもあるのかな。小さなお婆ちゃんになったときに、膝に三味線が乗っている人生はなかなか捨てたもんじゃないな、と思います。
いまが、いちばん細い時期なのかもしれないな…とも。

録音係を頼んだ家人Tに「ねー、私の写真撮っておいてくれました?」と尋ねたら、
「あー、忘れてました」と… ○|_| ̄ =3
(「ボーっと生きてんじゃねーよー」と5才児になりかけましたが、お休み返上で手伝いに来てくれたことを思い出し、ま、これも良しとするかと。)

松の会の皆さまの応援で、番組を立派にしていただき、姉弟子Nさんの「都風流」も良い出来で(舞台裏で聞きました)、殿をつとめた兄弟子Kさんの「二人椀久」(後見しながら聞きました)も見事に決まって、達成感のある会でした。
「二人椀久」…超難曲なんですけど、自分が弾くことあるんだろうか(遠い目)
忠三郎先生の『邦楽ばなし』やそのあとの『鏡獅子』の曲弾きもご馳走でした。

はあー、おわったー!
開放されて楽しげな表情の皆さまと、知事公館をあとにして、

卵酒が美味しい河原町の「築館や」さんで、るんるんのお食事会。

で、このあと、少人数で、断酒していた兄弟子Kさん行きつけのカラオケスナックにて、「昭和歌謡を後世に残す文化活動」に参加したんだけど、いやー、芸達者な方々の余興ほど面白いものはありませんですね。チャーミングすぎるこの人たち。
K江先生の『ひばりの佐渡情話』、…あまりにも絶品で耳福だった話は、もったいないので教えてあげない (/ー\*) 

2017年10月15日日曜日

松永忠五郎喜寿記念・松永忠三郎襲名記念演奏会_2017年9月30日

泣いても笑って本番はやってくるってことで、翌日(9月30日)はいよいよ松永忠五郎喜寿記念・松永忠三郎襲名記念演奏会でありました。

国立劇場小劇場での演奏会は、家元の古稀記念鉄九郎師匠師籍30周年記念、につづいて3回目となります。家元、直矢さん、誠におめでとうございます。

我一門『太鼓の曲』の出演時間は、早め5番目の11時40分。緊張している余裕すらありません。
いろいろご挨拶などして、楽屋入り。朝、着物を着付けるのに予定外に時間がかかってしまい、本当はホテルで昨日不安だったところをお浚いしていきたかったけど、それができなかったので、楽屋でちょっと確認と思っていたら、舞台近くの楽屋なのであんまり音を出しちゃいけないよと注意されて、調弦もままならないまま、あれよあれよという間に順番がやってきて、追い立てられるように回り舞台の裏面にスタンバイ。

三味線はどなたかがまとめて調弦して持って来てくださったのですが、ふとみると糸が棹からずれている… ( Д) ゚ ゚
後見さんに「あのう、これ押さえられないので駒をズラしていいですか?」と声を掛けると、
「え、ズラしたら音変わりますよ。」(←知っとるわ、だから聞いてるんですわ!)…と言いつつ、時間を気にしながら奥の方に三味線を持って行って直してくださいました。
(ひぃー、セーフ)
いろいろ心許なくなっていたら、先ほどの後見の方が、「大丈夫ですから、いつも通りに落ち着いて。ちゃんと出来ますから。」と声を掛けてくださり、少し緊張の波が引いてゆきました。
(ありがたや…というか、暗示にかかりやすいオレ…。)

しかし!
…お隣では、我が師匠が「あら、これ調子合ってないわねぇ…」とか言いつつ、びょんびょん鳴らしながら糸巻き回しそうになり、「(小声で)先生!変えたらだめです!先生が変えるとみんな変えなければならなくなります!表に響くので、音も出したらだめだそうです!」って、なんでオレが先生にストップ掛けてんの?こんなんで大丈夫なの???

と、ドタバタやっているうちに、舞台が回って本番。
いつものことながら“舞台に立つと三層倍増しの先生のオーラ”に炙られながら演奏開始。

弾き始めてみると、うーん何となくいつもと調子が違ってる…、とにかく先生の調子に合わせて弾いていこうと耳を澄ますと、んんっ?全体のテンポがなにやら不穏で違和感が…、でも舞台が広くて、どこで何が起きているのか分からない…、どうしたらいいの???(心臓はバクバク・バクバク)隣の先生に合わせてとにかく手を動かしていくうちに、太鼓のテレツクが入ったので、呼吸を整え落ち着きました。
そこから先はテンポも回復して、実は個人的には怪しいところはあったけれど、夢中で演奏。なんとか岸についたと思っていたら(!)なんと、最後の最後、ドッテン、ドッテン、ドテ、ドテ…の決まるところで先生の糸がバチンと切れた!(って、いうか演奏が終わって気がついたら切れた糸が目に入りました)。最後の最後で良かった〜、先生の独奏部じゃなくて良かった〜。
(最初の乱れの原因は、あとで分かりました。)

舞台ってドラマチックじゃ。

それにしても『太鼓の曲』は、虫六が入門したばっかりのころに、10年選手の姉弟子の皆さんがお稽古していた曲で、なんて難しいのを弾いているんだ!と仰天した曲でした。その曲を、入門10年の自分が国立の舞台で演奏させていただけるとは、続けてみるもんですね…。(遠い目)

早めの順番で、朝から国立までお運びくださった皆さまに感謝。遠くからきてくださったり、差し入れいただいたり、本当にありがとうございました。


いやはや、舞台には魔物が棲んでいるといいますが、こんな舞台裏の言い訳めいた話も素人だから勘弁していただき、吐露してしまいましたが、プロの舞台人はどんな状況でも表舞台に言い訳はなさらないわけで、本当に凄いと思います。
先日の4代目猿之助さんが新橋演舞場『ワンピース』のカーテンコールの際にすっぽんの機械に巻き込まれて大けがをなさった時も、観客の方々は気がつかないまま会場を出られたとか。ご本人ばかりでなく、舞台裏も共演のみなさんもパニック状態でないわけないのに、それを表にださない徹底ぶり、凄すぎです。

(それにしても猿之助さんの全癒を心より祈念します。焦らず、元通りの身体を取り戻してください。待てます、待ってます!)

さて、後半は、プレッシャーから解放されて松永会の皆さまの演奏を堪能。

大曲をお一人で掛ける方やけっこう若いのに上手な方とか、感心するやら、緊張感も伝わってくるやらで、いろいろ勉強になりました。そして、どんな状況でも、きちんとフォローして1曲の演奏としての完成度を支える、家元はもとより助演の黒紋付きの師匠方…プロい。
しかもね、夕べの下浚いは深夜に及んだとか…、体力も半端ないですよね。

人前で演奏することを目標に、お稽古は組み立てられるわけですが、この10年、お三味線を触るようになり、大小のお浚い会で演奏の経験もさせていただきました。そのような本番の経験が、個人的に自分にどんな成長をもたらしたのかなと考えて、思うことは、音楽的な感性が研ぎ澄まされたとか、技術的な上達というよりも、極度の緊張状態のなかで何かトラブル(自己要因も他要因も含めて)が起きたときに、失敗を即時に受け入れて、そこから演奏のなかで「立て直す」力ではないかとしみじみ思います。もちろん、その力量(精神力・技量)は日頃のお稽古で身についていくものでしかないわけですが。

厳しい修行の末に演奏家になりそれを生業にしている舞台人の皆さんとは、違うレベルで、日々別の仕事で飯を食い、そのなかで決して安くない経費を投じて立つ、素人三味線弾きの舞台というものがあったりします。自己満足といってしまえばそれまでですが、この日演奏くださった皆々さまのドキドキに共振しつつ、そんなことを思うのでした。そして、やっぱりもっと上手になりたいなと、改めて思いました。


さて、家元の会にはいつも「たぬき会」という歌舞伎俳優の皆さまによる演目がございます。家元から我々に対するご褒美と受け止めておりますが、これがとんだご馳走でありまして、今回は
 演目は『供奴』
 唄方:菊五郎、松禄、菊之助、團蔵、左団次
 三味線:仁左衛門、萬次郎、竹松、忠三郎(秀調さんの代演)、松太郎
 囃子:笛/福原徹、小鼓/亀蔵、彦三郎、楽善、大鼓/壱太郎、太鼓/権十郎

という面々が、お稽古中の歌舞伎座や国立大劇場から駆けつけてくださいました。家元の竹馬の友の左団次さんはのっけからいたずらモードだし、唄方・お囃子のみなさんのリラックスした様子と対照的に、まじめに演奏なさる仁左衛門さん率いる三味線チーム。(仁左衛門さんの真剣な表情に萌え(*゚ー゚*)てしまったご婦人数知れず…)明日・明後日から新作や通し狂言を抱えているという最中に、余技の舞台に立ってしまうポテンシャル。ただ感心するのみ。立て三味線の演奏をしっかり支えていたのは大鼓の壱太郎さんでした。

壱太郎さんは、名古屋での公演の間を縫って新幹線で往復しての韋駄天ご出演で、たぬき会の演奏とは別に、ご自身で『船弁慶』を1本掛けていらして、これまた仰天でございました。
…ほんと凄いんだよ、壱太郎さんは。玉三郎さんの『阿古屋』継げるとしたら、彼しか思い当たらんね。

2017年3月6日月曜日

楽譜自炊中

虫六がいまお稽古している曲は「太鼓の曲」という器楽曲なんですが、手に入る範囲では発行された三線文化譜(長唄三味線用の楽譜。表紙が赤いので「赤譜」と呼ばれています)が無いようで、先生から手書きの譜をコピーしたものをいただいたのですが、これがコピーを繰り返していてなかなか見づらい状態でありまして。…もうこれは自分で作るしかあるまいと、パソコンでただいま楽譜を自炊中。


あとから、兄弟子Kさんが自分で起こしたというとても整理された譜をいただいたので、とりあえずそれでお稽古しながら、また、それをお手本に起こしているのですが、やっぱり自分で譜を起こすと曲の構造も頭に入りいいみたいです。よし、やるぞ!

…しかし、この作業、手書きでやれば2日もあれば夜の内職でも仕上げられそうなんですが、使う身になるといろいろ「手書きの限界」を感じることもあり、印字で決定版を作っておこうと思ってしまったのが運の尽き…、イラストレーターで組み始めたらけっこう手間がかかるのね。以前に「春興」で譜を起こしたときも思い出せば大変でした。ひー、終わらんよ〜。音符が頭に入る前にこんがらがってます。

簡単に三線文化譜が書き起こせるアプリ、どっかにないものか…まぁ、普通に考えてあるわけないよね。地道にがむばりまーす。

2017年2月10日金曜日

お三味線ケースの雨カバーを自作

今年の年賀状に何げに予告しておりましたが、今年の秋には大きな発表会がありまして、我が一門では先生から「勧進帳」やるわよ!って宣言され、去年から「瀧流し」の合方など気合いを入れて練習していたんですけども、ここに来まして急に「曲目変更!」の号令が掛かって、(ご無体な…ヽ(;´Д`ヽ)…)相も変わらずてんやわんやの今日この頃です。(モチベーション折れるわ—)。しかし、曲がった角の先にはこれまた難曲が待っておりましたので、気を取り直して精進あるのみでございます。

で、ちょっくら気分転換にひさしぶりにお裁縫などしてみました。

一昨年お三味線やさんから買った三味線ケース(三折用)の雨カバー、選択肢がなくて、いまいち柄が気にいってなかったのです。でもお値段の割に単純な作りだったので、自分で作れるなぁーと思っていたのでした。

町の手芸屋さんでラミネート生地をみつけましたので、さっそく運針。

型紙なしで、ケースを実測しながら一発勝負。

すこし生地が柔らかめだけど、雨カバーだから良しとしよう。折りたたんで小さくなるし。せっかくミシンを出したので、ついでに他のものも作ろうかな…と、縫い物ブーム到来の予感です。

2016年3月30日水曜日

撥を落札してみました、ヤフオク!で。

お友だちのシャーパパさんが、ギターのピックを自家製するのに中古の三味線撥をヤフオクで買った…という話に、「えっ?」と耳がそばだってしまった虫六。
…三味線の撥って、ヤフオクで売ってんの?!

そんなわけで、参戦してしまいましたよう、ヤフオク!


1回目はちょっと良い感じのやつでしたが、こちらが8千円くらいの値段設定で構えていたら、あれよあれよと1万円超えして、迷っているうちに競り負けまして…(。>0<。)
2回目はがんばって落札しそうだったのに、虫六がまだ落札した経験なく、信用度が「0」だったせいか出品者から拒否されてこれもアウト…(||li`ω゚∞)ひどすぎ。
で、3度目の正直でやりました!落札!
剥撥ですが、象牙です。落札価格…13000円でございました。
なにしろワシントン条約なる法律のせいで、もう象牙は輸入できませんので、国内にある象牙をなんとかゲットしていかねばなりません。新品の撥は軽く10万円超えしますので、状態のいい中古を今のうちに確保しておきたいというのが本音です。


しかし、実際に手にしてみないと分かりませんので、リスクもあります。
さっそくお稽古の日に先生に見てもらったら、この剥ぎのとこがしっかり着いてないんでないの?という、鋭いご指摘…(あーん、しくじったか虫六…)

これまで虫六が遣っていた撥よりも、開きは広め、かつ、薄めです。

 上が今回落札した撥(2号)、下がこれまで遣ってた撥(1号)。

ね、だいぶ違います。
虫六の撥1号は、先生も認める良い撥で、大薩摩や早弾きの曲でもビンビン弾けるのです。
しかし、いまお稽古中の「春の調」で試し弾きをしてみましたら、「あら、けっこう弦が響いてこういうチンチリの優雅がな曲にはあうかもね」と、この撥も悪くない。「貴女が弾きやすければ問題なし」と、とりあえず及第点がつきました。

虫六的には、丸もの象牙撥1丁ではいざというとき不安かな…の、2丁めでしたが、曲目によって「使い分け」という思わぬ事態となり、いやはや…深いわー。お道具ひとつも。

撥だけ買ったつもりが、こんな立派な撥ケースもついてきて、この買い物はあまり高くなかったと、癖になりそな虫六でした。

2015年10月21日水曜日

第四回忠美恵会と宿題

あぁー、ついにお浚い会があと10日に迫ってまいりました。
今年は3年ぶりに地元開催というか、我が師匠主催のお浚い会であります。
はたしてこの1年間に虫六には成長があったのでしょうか…。

それはさておき。
じゃーん。プログラムであります。
実はこれ、虫六お手製でして…オフィスベンダーでレーザー対応用紙を買ってきて、コピーでオンデマンドしております。先日、60部ほど作って持って行ったのですが、身内におくばりしたら無くなってしまい、
虫「もう同色の用紙は品切れです…」と訴えましたら、
師匠「あら、色違いでもいいわよ!」と、アバウトなご返答。
ならばと大胆にもう2色つかいして追加印刷してみました。

そんなわけで、

○第四回 長唄「忠美恵会」

日時:平成27年10月31日(土) 12時30分開演 
会場:仙台市片平市民センター 和室
   (青葉区米ヶ袋1−1−35 電話:277-5333)
   入場無料

ご用とお急ぎで無い方は、ぜひ足をお運びください。
まったりお菓子でも食べながら長唄を愉しんでいっていただければ幸せです。
ちなみに、虫六の出番は一番手でありますので遅れた人は聞けませんよ。あしからず。
あ、できれば来る人はご一報くださいね、焦るので。(←メンタル華奢な人)

で、さらなる宿題は、プログラムと一緒にお配りする曲解説。師匠からのご指名(?)により、なんと虫六が書くことになっております。(ま、1/3くらいは前回と曲がダブるので、その時に兄弟子Kさんが書いたのをいただくのですが…苦笑)
自分の曲の練習もままなりませんが(←さっそく言い訳)、こちらも勉強させていただきます。がむばります!
虫六に書かせると長くなるので、どう短くまとめるかが課題ですけどね。へへへ。

2015年1月2日金曜日

「梅の栄」

昨年のお浚い会をなんとか終えて、次に虫六に出された課題曲は『梅の栄』でございました。なんと!新春にふさわしい1曲でありましょう。
…そんなわけで、今年最初の日記はこの曲のご紹介から。

梅の栄

制作年 明治3年(1870年)
作詞/作曲 三世 杵屋正治郎 

本調子前弾 
〽鶏が啼く (合)花の東に立つ春の、明けて目出度き島臺は(合)
富士と筑波にたとへにし、遠近(おちこち)やまも白妙や、
まだ深からぬ春の日に、残んの雪の(合)解けそめて(合)
空も長閑(のどか)にそよそよと(合)旭も匂ふ梅が風合)
四方(よも)にわたりて軒端(のきば)もる(合)
屠蘇のかをりや梅も咲け(合)(かの)潯陽(じんよう)に伝え聞く(合)
猩々舞(しょうじょうまい)にあらねども、さす手引く手の(舞の合方)盃に
二上リ
〽ほのめく色のとも移り、薄紅梅の酔心(よいごころ)
開く扇の末廣や、(合)(こえ)もゆたかに四海浪、
しづけき御代に鶯の(合)
〽いつか来啼きて花の笑み、にこ羽子のこの数々も手毬の合方
ひとふた三重の初霞、曳くや柳の糸竹も、長き齢は鶴亀や、
変わらぬ色は松竹に、千代の聲そふ喜三が春(琴の手事の合方)
梅の栄(さかえ)と世に廣く、三つの緒琴(おごと)に祝すひとふし

この曲は、三世杵屋正治郎(文政9年(1826) - 明治28年(1895))が作詞も作曲も手がけています。岡安喜三郎のお正月のお浚いのために作られたと伝わっているそうですが、新春の長閑な風情を背景に寒中に花咲く梅やお屠蘇気分を表現しつつ、実は、自身と岡安喜三梅との結婚の悦びを織り込んだ内祝儀の曲なのだそうです。44才の時の作品というのは晩婚だったのか…?

速水御舟 紅梅図 1925(大正14)年 
歌詞を読むと、1曲の中に、新春を表す言葉(「立つ春明けて」「屠蘇」「羽子のこ」「初霞」…)に絡んで、喜三梅との婚礼を暗示する言葉(「梅(喜三梅)」「島台(結納のときに並ぶ蓬莱山や鶴亀をあしらった造り物)」「盃(三々九度の)」…)が見え隠れしているのがユニークで、それで全体がおめでたい言葉で満たされており、なんだか早春に咲く愛らしい梅の花と、若い妻女がオーバーラップして香りまでしてくるようで、作者の高揚感が伝わってきます。(すみません、時代は違いますが御舟先生の「紅梅図」が新妻のほんのり頬を染めたような色っぽさにイメージがぴったりだったので、参考引用…ということで)

三世杵屋正治郎といえば、一昨年にさせていただいた「岸の柳」もたしか友達の結婚祝いに作った曲と言われていたような…、こういうの流行っていたんでしょうか?

前弾きは神楽の合方というらしいのですが、本調子で小刻みな手くさりではじまり…、三線譜では分からないけれど、お囃子がついた演奏もあるらしい。通りをやってくる門付けの神楽舞…しょっぱなからお正月風情を演出する趣向なのだね。この曲の前弾きの替手は文化譜の「替手秘曲集」に収められる特に面白いもので、鶯の飛啼きという手を用いているとか…(虫六は当然のことながら秘曲集なんてものは見た事もありませんが…)
ひえぇ〜、技を使いましたな三代目!! そんな演奏聞いてみたいッス。

『梅の栄』は演奏会での発表を目的にした “素唄” として作られたもので、唄にもお三味線にも聞かせどころがあります。三味線では、「猩々舞の合方」、娘道成寺でお馴染みの「手毬の合方」、そしていちばんの難関は「琴の手事の合方」という長い合方!
唄にあわせるところは、のんびりと豊かな酔い心地で気持ち良く唄っていただけるように、唄い手の息を受けて、柔らかな音色のうちに唄を引き立てていく呼吸を取るのが難しいのだとか。虫六的には、三味線独奏部分の合方はまぁいいのですが(独習できるという意味で)、唄に合わせるのが苦手…、二上がりへの変調もあるし、ここいらで実力アップを目指すためにも挑戦しがいがある曲です。某流派では名取試験の課題曲といわれる実力をみられる1曲、お正月から、モチベーションをあげて頑張ります!…なんちて。

ところで、この曲が作られたのが明治3年というのがちょっと気になりまして、調べてみました。
明治維新の激動は伝統芸能にとっても深刻な影響をもたらしたと言われます。旧体制下、武家社会をパトロンにしていた能楽は、存続の危機をかけた自由競争に晒されました。歌舞伎も能楽ほどではないにしても近代化を求められ、それまでの遊里趣味から脱却した表現の変革を余儀なくされます。それでも、当時庶民の中にあった歌舞伎・長唄には勢力があり、能楽は長唄とのコラボレーションをはかり三味線入りの能狂言を起こして生き残りをかけたと言われます。それに反してかえって興隆を誇ったのは人形浄瑠璃でした。義太夫節は劇場から寄席に“素浄瑠璃”として進出し、大阪市民の間にファンを拡大、お稽古事としてブームを起こしたそうです。

明治初期に活躍した長唄三味線の名人は3人。

二世杵屋勝三郎は、能役者の日吉吉左衛門と提携して、明治3年、能の『船弁慶』『安達ヶ原』を三味線入りの曲として編曲しました。これに囃子にも編曲を加えて創出されたのが「吾妻能狂言」。現在では長唄の “謡曲もの” といわれる演目の始まりといわれます。

「根津の勘五郎」と呼ばれた三代目杵屋勘五郎は、大薩摩絃太夫の名も持つ大薩摩の名手で、『橋弁慶』(明治元)、『綱館』『望月』(明治3)、などを作曲しています。

一方、三世杵屋正治郎は、長唄の曲に洋楽の影響をうけ、その手法を取り入れたことで知られます。それが顕著に認められる作品として『元禄花見踊』(明治11)があげられますが、『梅の栄』が作られた時期はまだそこまで強い影響はないみたい。
しかし、この曲が “素唄” として作られたことは注意したいところ。
それまで、歌舞伎長唄の地方演奏家が芝居や舞踊の伴奏としてではなく、演奏会のための長唄を作り出したのがこれらの作曲家。素浄瑠璃の流行も影響していたのかな。この動きが、明治後半の研精会を中心とした純粋音楽として演奏会で長唄を鑑賞するあり方に繋がって行くことになります。そう考えると、この曲などは、過激さなど微塵もない演奏家のハッピーな余技的作品とも言えますが、当時としてはアバンギャルドな側面もあったのかなー?などと妄想も膨らみ、やっぱり日本の伝統芸ってクールだわ。
正治郎は、後年歌舞伎を高尚趣味なものとして写実を追求した九代目團十郎と組んで「鏡獅子」(明治26)など多くの傑作を生み出しています。

…蘊蓄はいいのですが、要は、練習ですね…!!分かってます、はい。

【参考文献】
「長唄名曲要説」 浅川玉兎著 日本音楽社
「日本音楽の歴史」吉川英史著 創元社
「明治演劇史」 渡辺保著 講談社
三味線文化譜「長唄 梅の栄」邦楽社
「長唄の世界へようこそ」細谷朋子 春風社 →こちらも
Wikipedia 

*三代目杵屋正治(次)郎は、文献によって名前の漢字が違っていますが、1855年に三代目正次郎を襲名し、1878年より正治郎と表記しているとのこと。この曲を作った頃は正次郎を名乗っていたということになります。

2014年11月6日木曜日

松の会2014

11月1日、赤坂の金龍にて、「第14回松の会」があり、我が忠美恵一門も日頃のお稽古の成果を聞いていただきました。


虫六の出番は後半の2番目くらいで、出し物はこの1年お稽古してきました『鞍馬山』でした。
再三言い訳しておりますが、お仕事山場つづきでまったく暇なし。その状況で、朝早起きしての自主練…ではありましたが、前日の先生のホテルでの最後のお稽古で、やっとOKがでるというギリギリ感。っていうか、あのOKも先生のおまじないだったかも。
お三味線、人生の彩りのつもりが、ストレスになっております(爆)

で、ド緊張で本番がやってきまして。右にお唄の圭江先生、左に忠美恵先生、直矢さんと並んでくださいましたが…。(あれ、なんで先生、お三味線おいてんの?)

!!!!!!!!!!!!!!(゚ロ゚屮)屮

なぬー!前弾き、私ひとりでやるんですか!!
あー、そういえば大薩摩のときは確かに立てがひとりで弾いて、二枚目以降は三味線は膝にのせずに床に置いてました…思い出した。
思い出せば、先生「ここは貴女ひとりで弾くのよ!」とは言っていたけど、練習のときは先生もお三味線を持っていたので、このシチュエーションは想定外。脂汗が滲んできました。

「ハオー」の掛け声だけは先生が掛けてくださって、なんとかひとりで前弾き完奏。やったーと思ったら、緊張が持続できなくなり、合奏部分は音符があちこち抜けてしまいました。とほほ、せっかく覚えたはずなのに…。でも、何カ所かある独奏部分だけは立派に弾けたと、よしよしと先生に褒めていただき、モチベーションを明日につないだ虫六でした。

おわたー。

ところで、今回の『鞍馬山』は、虫六にとってはとっても勉強になり、かつ、とても好みの曲でした。
まずは、撥使いのコツのようなものが掴めた気がしたこと。これまで勘所をはずさないことにばかり気をとられていた私ですが、糸をビィンビィンならす感触がなんとなく身体に入って気がして、撥が、音を表現する上でとても大事だと理屈でなく実感できました。また、その上で勘所がばっちりあうと、倍音が増幅して、炎がめらっと膨らむような、ときにはアークが飛ぶような陶酔感がやってくるのですよ。これは、聞いている人より演奏している本人が一番強く味わう快感であると思っております。
そんなわけで、大薩摩、まだまだ奥深い。もっともっと上手になりたい。
次の課題曲も気になりますが…。

2014年9月25日木曜日

根緒は1本の組み紐でできている

お三味線の胴の先っぽに三本の糸の先を結わえておく奇麗な色の紐の団子がありますが、これを「根緒」といいます。
どこかっていうと、この…赤いやつですね。

これが、先日の合同練習の時に「根緒は一本の組み紐でできているから、3つの糸がきっちり決まった位置で止まっていないと、バランスが崩れて、当然、音にもひずみがでる」というお話を聞いて、説得力あるなーと感心するやら、これまで「止まってれば良い」くらいの調子でいた自分の未熟さを思い知ったわけなんですが…。
(えっ?1本なの?)というのも気になり、さっそく古い根緒で本当かどうか調べてみることにしました。

虫六「いよいよ、オペ開始だね」
丑王丸「ほどいてしまって大丈夫でありましょうか?」
猪九郎「これ、3の糸のとこだけボロボロになってるよ」
虫六「いやー、これは最初にお三味線についていた根緒なんで、元の持ち主の練習のあとですなー。根緒が切れるくらい練習しないとうまくならないんだね…」

最初の結び目…、四ツ巴に組んだ先っぽがグイッとねじ入れてあったので、引き抜いてみました。

ぐるっと開いて…、けっこう固く組んである紐ですな。

裏返し。こんな風に3つに分けられています。
…っていうか、すでに知恵の輪状態。

ばらばら。
虫六「あー、もう復元は不可能なり…」

ほよ〜、本当だ!1本になった。
けっこう長いね。


【今日の蘊蓄】
根緒(ねお):根緒とは、糸巻きとは反対の糸の端をそれぞれに結びつけて使う、三味線下部の中木先に懸ける「一本の組み紐をねじって三つにしたもの」
 参考:和楽器教本「三味線」/GC教育研究会/2006

ちなみに、根緒が入っている箱には「御音緒」と書いてあって、商標かもしれませんが、この言い方は綺麗だな…と思った次第。

2014年9月18日木曜日

お三味線、和楽器やさん送り

なんですかね。
やっとお稽古にもエンジンが掛かった2日目の朝、例によって破けてしまいましたよぅ、皮が…。


そして、張り替えのため和楽器やさん送りです。
去年もこんなパターンだったような…。
お三味線の神様は、私に練習をさせたいの?させたくないの?…とか、毒づいている場合ではありません。

先生に電話して、仕事帰りに練習用のお三味線を借りにいきました。
そしたら、ちょっと練習していけって大薩摩を見ていただきました。災い転じて福となす…ってやつですね。へへへ。

それにしても、やっぱりもう一挺欲しいかなー。お三味線貯金開始かなー。

2013年2月14日木曜日

「かぶき手帖2012」と「歌舞伎に携わる演奏家名鑑」

1月に国立劇場の新春歌舞伎を見に行った時に、売店にまだ「歌舞伎手帖2012」が売っていたので、おもわず買ってしまいました。
毎年買っていたわけではないのですが、(あぁ、去年のならまだ勘三郎が載っている!)と思ったからです。
そうなんです。載っていました、復帰公演の「お祭り」の色っぽい写真が…「その不屈の役者魂は長期にわたるリハビリに堪え、舞台に帰ってきた」と。あ”ー。
そして、もちろん團十郎丈も!…「25年の歌舞伎座開場を前に、その存在感に揺るぎがない」と。あ”−、あ”−。

なんていうか、歌舞伎の神様どこにいっちゃったのかな…。

で、歌舞伎手帖では十分にフォローされないのが地方さんと呼ばれる演奏家の方々の情報なのですが、このたび(社)伝統歌舞伎保存会から「平成24年版 歌舞伎に携わる演奏家名鑑」という書籍が発行になったというので、さっそく買ってみたのです。

竹本・長唄・鳴物の歌舞伎専従職に加え、長唄・鳴物の外部共演者、興行ごとに契約する常磐津・清元・新内・三曲まで、現役の演奏家347名を網羅しているそうです。
ちょっと値段が張る(5000円)のが痛すぎますが、ほかにこういう資料がないので致し方なし。でも、長唄でも歌舞伎専従と客人扱いの区別や、社中や血縁・師匠関係なども分かって貴重な資料です。

そして、
これにも先頃亡くなった、人間国宝の3世杵屋五三郎師匠や芳村伊十七師匠も現役のように掲載されていて、胸がドキッとしました。
…本当に大変な年の境目ですよ。


2013年2月12日火曜日

お三味線の譜面つくり

新年あけて、今年はどんな曲のお稽古をするのかな〜?と、心待ちにしていた虫六…。
なのに、先生から出された課題は、「春興」!!

なぜ?年末にかけて、あんなに嫌と言うほどやったのに…(←すみません!言い過ぎました!)
つまり、「春興」という曲は一部と二部の合奏曲なんですが、経験浅い虫六はまだ一部しか弾けないのです。二部は姉弟子パートで、これができれば「替え手」の練習にもなるということで、一部が頭に入っているこの期に二部も覚えてしまいなさい…ちうことで、継続お稽古ってことになりました。うぇ〜ん。

ところが、「春興」には市販の譜面がないので、一部には一部の手書き楽譜、二部には二部の手書き楽譜をいただきまして…。どうも、分かりにくいな…と、パソコンで自作譜面を作ることにしました。

すでに一部のみのは作ってあったので、二部用のフォーマットを作り直して、いただいた二部のスコアを書き写しました。なるほどねー、ここでこう音が重なるのね…ということなどが分かって、曲を理解する上でとてもいい勉強になりました。

ま、それはいいのですが、翌日から1週間がはじまる休日最後の日に夜なべしてやる仕事じゃなかったね。夢中で作っていたら朝の4時近く…。あ〜(゚∇゚|||) なんていうことをしてしまったのだ〜。後悔先に立たず il||li _| ̄|○ il||li
(今日=12日は、仕事がきつかった…今週持つでしょうか、虫六…)

それから、三味線用の楽譜作成ソフトが欲しい、と思いましたが、これは無いだろうな…。いったい誰が買うのかって感じだもんね。
(ま、私は自家製フォーマットがあるからいいんですけど。)

2012年12月3日月曜日

な〜んか音が割れるな…と思ったら「かんべり」でした

過酷な労働条件下にありあがらも、合わせ稽古はさぼらない(休日出勤のため少々遅れましたが…)虫六です。だって、国立の本番が近いんだもん!

さて、最近、練習時間が確保出来ない中、皮が破けたり、チューナーが紛失したりで、踏んだり蹴ったりの練習不足状態がつづいているのですが、それでも、朝、虫六子の弁当作ったあとに時間を確保し、自主練して、我ながら「自分を褒めてやりたい」今日この頃…。
だったのですが、どうも音が割れるんですよね〜。勘所、決まった!と思うところでいつも。

そこで気になるのは、先日、お三味線やさんがつぶやいた一言。「そろそろ、かんべりしてるような音だなー。気になるようなら削ってやるから、連絡ちょうだい。」


しえ〜っ!
皮がなおってきたかと思ったら、今度は「かんべり」。
ぎょぎょぎょ、物入りが続くなー。天誅殺がめぐってきたかな。

ちなみに、「かんべり」というのは、三味線の棹面が掘れて減ってきているため、ツボを押さえたとき割れたような不快な音色がする状態を言います。
同じ勘所を爪先で繰り返し押さえるので、紅木のような堅い木でもさすがに削れてしまうんですね。そういえば、木目が微妙にささくれ立っているような感じが…。

爪の方にも糸道ができているし、棹はかんべりしているし、これでは糸は押さえきれませんね。ビンがついたといいますか、割れたような夾雑なノイズが入るので、どうも気持ちが悪い…。みなさんと練習していても、自分が音を乱しているような気がする…。

それで、演奏会の前に「かんべり」を取ってもらうことにしました。
(また、練習がお預けか…虫六!)

「かんべりをとる」とは、三味線その箇所を含め棹面全体を再度削ることをいいます。
修理代がおいくら掛かるか?も恐怖ですが、元通りのいい音になって返って来るのか、そちらも心配です…。

どきどき。


2012年11月28日水曜日

杵勝会歳末チャリティー演奏会2012の情報です

毎年楽しみにしている「杵勝会歳末チャリティー長唄演奏会」ですが、杵勝会のホームページにご案内がなくて、地方在住の虫六にはなかなか情報が入らず、どおなっておるのか〜 ┐(´д`)┌  と思っておりましたが、意を決して(?)メールで問い合わせてみたところ、すぐにお返事いただけました。(ありがとうございます!)



○「杵勝会歳末チャリティー長唄演奏会」

日時:2012年12月22日(土) 13時開演
会場:有楽町朝日ホール
主催:財団法人 杵勝会

【番組】
・「連獅子」 唄:勝四郎他 三味線:勝国他
・「老 松」 唄:坂田仙蔵他 三味線:裕光他
・「四季の山姥」 唄:勝良他 三味線:勝幸恵他
・「助 六」 唄:直吉他 三味線:勝松他
・「廓丹前」 唄:東成他 三味線:勝三郎他
    他全14曲 杵勝男女会員出演
◆賛助出演 杵屋直吉/杵屋巳津也・杵屋佐喜 
◆囃 子 堅田新十郎社中/堅田喜三久

*情報を探していらっしゃった方、ご確認ください。


2012年11月27日火曜日

チューナーと調子笛

先週、合わせ稽古がありまして、姉弟子・兄弟子のみなさんと入り乱れて(?)練習して帰ってきましたら、いつも使っているチューナーが見当たらなくて焦りました。

きっと隣で弾いていた○○さんの荷物に紛れたか…とは見当がついたものの、すぐに返って来るでもなし…。そうなると、チューナーに頼って調弦をしていた虫六は、とたんに調子が合わせられなくなり、練習になりません ( ̄Д ̄;; 

まずいんでね。

お三味線は「調子3年」というほど、調子あわせが大事で、かつ、修行がいるのです。つまり、耳を育てるのにそれだけかかるっていうことなのかな…。

お稽古に通うようになった時、最初にひとりで練習するために、先生の稽古用三味線を貸してもらって、自宅で練習したんですが、調子あわせができなくて、涙がでるほどパニクりました。
虫六子に何度も電子ピアノを弾かせて合わせてみるのですが、ぜんぜん合わないんですよ〜(||li`ω゚∞)
見かねた家人Tが、「世の中にはチューナーというものがあるんだぞ」と。で、ソッコーお三味線用のチューナーを購入して、やっと自宅練習は軌道に乗ったのでありました。

ところが、そのチューナーが紛失するという事態が起きるんだ(!)と。

これは、虫六的に2つの危機感。1つは、チューナー1つでいいのか?ということ。いつでも紛失の可能性はあるのだから、予備のものをキープしておかなければ…。もう1つは、チューナーなしでは調子も合わせられないという耳の鍛え方はどおよ?で、あります。



それで、昔ながらの調子あわせの道具「調子笛」を買ってみることにしました。
よく考えると、お三味線はじめて丸5年になるのに、よく今まで持ってなかったもんだな、と。そろそろ(というか、とっくにですが)耳をたよりに合わせられるようにならないと…!

お三味線の調弦について説明すると長くなってしまうので、今日は省略しますが、三味線はもともと、絶対音程を基準音としてつかわずに、唄い手などの音程(Key)に合わせて基準音(一本、二本…十二本まで)を決め、相対音で調弦する楽器です。
また、基準音が決まったら、曲調にあわせて「本調子」「二上がり」「三下がり」と調弦の方法も変わります。曲の途中で調子を変える場合もあり、ほんと、耳ができていないと演奏にならないのでありました。
しかも、お三味線という楽器は糸の状態や部屋の環境などでも音程が狂ってしまうので、しょっちゅう調子を直さなければならないのです。難しいなー。

調子笛は、一の絃で合わせる低音用タイプのものと、三の絃で合わせる高音用タイプのものの2種類あるようです。一の絃で合わせることが多いので、低音用のがよく使われているように思います。しかし、雑音の多いところで合わせる時は、高音用のを使うと合わせやすいのだとか…。
とりあえず、好奇心で両方買ってみたのですが…。

同じメーカー(トンボ楽器製作所)のタイプ違いの商品なのに、なぜに、パッケージがこんなに違う?(←今日のオチはこれです)

MADE IN CHINA だからってことでもないだろうにね…。


あ、で、虫六のチューナーは、無事に姉弟子Nさんのお道具箱から発見されました。
返していただきながら、「さん竹」の伊達鶏つけ蕎麦をおごってもらい、ちゃっかり得した虫六でしたー  (* ̄ー ̄*)  へへへ〜。

2012年11月7日水曜日

が〜ん、またも皮が…、が〜ん ( ̄ロ ̄lll)

秋のお浚い会が終わっても、まだ気が抜けない我が一門!
「次のお稽古までに手を入れてきてね!(暗譜は済ませてきてね)」と、先生からいつにないプレッシャーが…。

そんなわけで、虫六、朝練の日々は続きます…、ってはずだったんですが。


今朝、お三味線をあけてみたら!!!!!!
な〜んと、また皮が裂けてました ( ̄ロ ̄lll) が〜ん。

ありゃありゃ〜。これまた派手に…。
けっこう皮の破けるサイクルが短くて、これじゃ破裂じゃなくて、破産してしまいます。
勘弁しろよ〜だね。

しかし、次の本番も近いので急ぎ三味線やさんに電話です。結局、職場に取りに来ていただきました。とほほ。
「(お浚い会の時)な〜んかいい音出てるなと思ったら、やっぱり破けちゃったか!今度はバフッと張っておくから!」って。(ちょっと、ちょっと、音優先でお願いしますよ!)



2012年10月30日火曜日

手ぬぐい虐待

お浚い会も終わったので、演奏会仕様にしていた胴掛けや根尾を、練習仕様に戻して、糸も取り替えました。
で、ふと気づいてしまったのですが…。


三味線のケースに入れて愛用している中村勘三郎襲名記念の手ぬぐいが、ぐいーっと糸を伸ばすとき(十分に伸ばさないと音が狂ってくるのです)の手のカバーに使われて、糸の力で摺れて傷だらけになっていました。
お浚い会が近づくにつれ、お稽古中に三の糸が切れる!切れる!で、ほぼ毎日取り替えていたので、この手ぬぐいも虐待されたみたいになってしまいました。

痛々しいけれども、苦楽を共にしている感がありますよ。

2012年10月28日日曜日

忠美恵会の芋煮パーティ

せっかくS市に来てくださった東京の「松の会」一門のみなさんをおもてなししたいと、忠美恵先生のご自宅にお招きして芋煮パーティーをすることになりました。

昨日の看板が玄関に…。



 厨房でてきぱき立ち働く姉弟子のみなさん。ご苦労様です!
こういうとき出来そこない主婦の虫六には入る隙間がありません(汗)
山形出身の姉弟子Gさんがつくる「芋煮汁」は掛け値なしに絶品なのです。忠美恵先生はとにかく秋口になると「Gさんの芋煮汁食べたい」とつぶやきはじめ、お陰でわれわれも毎年ご相伴にありつけるわけです。


 そろそろお汁ができたころ、「松の会」のみなさん、ご到着。
リビングを広く使って、みんなでワイワイ歓談しました。
今日は市内では大学女子駅伝がありまして、あちこち交通規制な上、雨模様だったので、先生のご自宅でゆっくり飲んだり食べたりして過ごしたのでした。
自己紹介を一巡りしたら、個性的で活き活きした人ばかりで面白かったなー。


 パーティーの終盤、兄弟子・K藤さん(本職は弦楽器職人、津軽三味線ではプロで活躍)が津軽三味線を演奏してくれました。ちょっとした蘊蓄話にも身を乗り出して興味津々のみなさん。勉強熱心なのでありました。


つか…ちょ、超絶テクニックなのでありました。
さすが「太鼓の曲」を1週間で舞台にのせる人だ…。実力が違いマッスル。
虫六のまわりはすごい人ばっかりだな〜と、改めて思い知るのでした。

それもそうですが、今回の会が無事におさまったのは、K藤さんの制作力に追うところが大きいのでした。演奏のノルマも高かったのに、あれこれ裏方仕事までこなして、本当にお疲れさまでした。今後ともよろしくお願いいたします。

お帰りの時、玄関口で圭江先生が都はるみの「好きになった人」のさわりを熱唱…ステキすぎる。(♪さよぉ〜なぁら、さよな〜ら…ってヤツですね)


いつもの年なら、「あ〜、今年のも終わった!」とどっと安心モードになるのですが、今年はここで気が抜けない次の舞台がございます。
12月24日(月)、(なんとまたも)国立劇場(東京)
「松永鉄九郎師籍30周年記念演奏会」  でありんす。
今年は、盛りだくさんだなぁー(苦笑)


○今日の定世師匠語録
「昔の人は、『曲を身につけるなら、あれこれ考える前に100回弾きなさい』っていったのよ。」「でも、100回お稽古つけるより、1回の舞台っていう言葉もあるのよね」

…1回の舞台踏むために100回以上お稽古しろってことですかね…?
がむばりまーす。



2012年7月16日月曜日

梅雨だなぁと思ったら、またも皮が…

今年の松の会のお浚い会が10月27日に決定して(今年は仙台で!)、かつ、12月の末には東京・国立劇場の某演奏会へのエントリーが内定した我が忠美恵一門。例により、なにやら特訓モードに入りつつあります。
しかし、最近は仕事で夜が遅いので、虫六は高校生のごとく朝練に切り替えて精進しておりました。っていうか、このごろ加齢のためか(←ぎゃふん)眠りが浅く、目が覚めちゃうんですよね、早朝に。寝不足な日々です。

で、練習していましたら、ん?この音色は…と違和感。裏を見たら…

ぎゃぼー!!
やっぱりばっくり裂けていました。 Σ( ̄ロ ̄lll)

そういえば、先週のお稽古のときに、な〜んかぼこぼこする音が気になっていたんですよね…。思えば私も耳が良くなったものだ(…と喜んでいる場合ではないっちゅうの)

それにしても!必ずだな〜、必ずこちらの気合いが入ってくると、あざ笑われているかのように皮がやられるなー。去年もそうであった…ことよ。あの時の張り替えから1年持ってないじゃないか。この度の出費は正直つらいッス。
勘弁しろよーだな。

マンション改築中で、窓も開けられず、不快指数200%の我が家の住環境が良くないんだろうなぁ…とは思うのですが、いかんともしがたい。

とりあえず、裂け目に猿ぐつわを噛ませて今日の練習をしました。
今日はお稽古に行って、また先生のお稽古三味線を借りてきました。
うが〜 (´;ω;`)