2015年10月9日金曜日

永青文庫「SHUNGA 春画展」

評判になっているのでもう行かれた方も多いかも知れませんが…、文京区目白台の永青文庫で、日本で初めての『春画展』が開催されています。


○『世界が先に驚いた SHUNGA 春画展』

永青文庫
2015年9月19日〜12月23日
(前期/9月19日〜11月1日、後期/11月3日〜12月23日)

一昨年に大英博物館で行われて大変話題になった 『春画 日本美術の性とたのしみ』展の凱旋展とのことですが、日本では受け皿になる美術館が見つからず、開催にこぎ着けるまで難航して関係者の方はそうとうご苦労をなさったそうです。細川家ゆかりの永青文庫が懐深く引き受けての、本邦初の春画展となったもよう。ヨーロッパが認めたアートでも難しいですか。
(…なにしろ専門家が作って専門家が選んだオリンピックエンブレムに、「日の丸が下にあるとはけしからん!」なんて、エラい爺さん(←勝手に断定)に横槍を入れられて、あっさり修正させるような民度ですからね、我が国は…)

そんなわけで、後にも先にもこんな展覧会は日本じゃ見れないのかナーという予感が働きまして、足を運びました目白台まで。

この展覧会を文章で表現するのはなかなか難しいですが、本来、誰でも見られるわけじゃない秘められたジャンルの作品なのに、年代の幅もあり、名だたる絵師達が参戦して筆を競い、趣向もさまざまで、そのバリエーションの多さに驚きました。
どうやったらこんな体位に…と苦笑とするほどデフォルメしながらの強調しすぎの交合場面の表現や、大胆構図ながらうっとりするほど繊細な線で描かれた美しい横判錦絵(鳥居清長)、鈴木春信なども初々しい春画を描いていたんだとか、「お染久松」の身も蓋も無いその場面(描くか−、描くのかー!)とか、いろいろ発見がありました。

大名家に伝わる巻物などは婚礼の調度品だけあって、狩野派の絵師が凝った装飾を施して筆をふるっていたり…。
考えてみれば、江戸時代の御武家の成婚といえば、何が何でも子をなさねばならないというミッションがあるわけで、非常に大切な教本だったんですね。ご婦人の恍惚の表情がポジティブに描かれているのが印象的でした。

もちろん武家のみならずさまざまな階層の町人たちも、秘かにこのような浮世絵を愉しんだのでしょうけれど、これらの春画をみながら虫六が思い出したのは、民謡に歌い込まれる春歌でした。

「日本禁歌集」にも紹介されていますが、各地にそのようなエッチな民謡が残っていて、聴いてみるとそのあまりの大らかさに思わず笑いがでるのです。某兄弟子が、「民謡の新年会に呼ばれていくと、おばちゃんたちの猥談がとまんない」という話を聞いたことがあります。都会では、取り締まりもあるせいでしょうけれど家宝の巻物にしたり豆本なんかに仕立てたりしながらこっそり愉しむことが、地方ではみんなで大っぴらに歌って踊って愉しんでたのかなと、思ったらちょっと面白かったのでした。タブーでもあるけど娯楽でもある不変のテーマ。いづれにしても「種の保存」は生物的に最大の命題には違いなのでしょうけれど。

それにしてもこの企画展、とても混んでいるんですが、あまり他の美術展にはない神妙な空気感が漂っていて、それも面白かったのでした。

この超ぶあつい図録は4000円。ビニール掛かってます。
次があるかどうか分からないので、迷わず購入。

【補足】
ところで、永青文庫のあるこの界隈は閑静で風情のある雰囲気で、この日は残念ながら雨模様でしたが、お散歩したら楽しそうでした。神田川沿いには桜並木があり、今度は春の頃にゆっくり来て、落ち着いた永青文庫の展示を拝見しようかなと思ったのでした。

2015年10月8日木曜日

文楽地方公演2015「心中天の網島」ほか

まいったなー。今年の文楽地方公演は「心中天の網島」でした!
木ノ下歌舞伎で拝見したのが予習みたいになってしまったよ。


○人形浄瑠璃 文楽 平成27年地方公演

<演目>
昼の部
 「団子売」
 「心中天網島」
    天満紙屋内の段
    大和屋の段
    道行名残りの橋づくし

夜の部
 「絵本太功記」
    夕顔棚の段
    尼ヶ崎の段
 「日高川入相花王」
    渡しの場の段

このところ元気のない文楽の名人の方々のなかで、清治師匠だけは地方まで回ってきて来てくれて、その鋭くも華麗なバチ捌きを聴かせてくださり嬉しいのでした。いつまでもお元気いてください。今回は脇を3人率いての「団子売」。大夫は呂勢・咲甫・希の若手、人形は文哉・紋秀でした。こういう演目がかかってしまうので、やっぱり昼の部から見逃せないのですよね。

また昼のつづきは、「心中天網島」。
天満屋内の段からなので、女房おさんの物語りが中心です。(それで入り口でお迎えしていたのかー!)奥は、予定では津駒大夫だったのですが、休演でピンチヒッターは呂勢大夫。連続出演です。夫婦のわだかまりも乗り越えて、家財道具を処分してでも小春を請け出そうと二人の心がひとつになったところにまさかの舅殿が出て来て無理矢理引き離される治兵衛とおさん、…呂勢さんと清介さんの修羅場をたっぷり聞けました。
切り場は咲大夫さんと清十郞さんでした。ここまでなかなかヒロイン小春が登場して来ないのですが、はじめの出方がどんなかというと、「手」です!みんなが寝静まった大和屋さんから、忍び出ようする白い手。…かわいい…。ところがこの手が、暗くて重くてなかなか開かない扉から心臓ばくばくさせながら必死で出てこようとするのが、伝わってくるんですよぅ。
人形すごい!ちなみに小春の使い手は勘十郎さん、治兵衛は先頃襲名したばかりの玉男さんです。やっぱりこの演目は文楽のが面白いです。

そして、夜の部。
「絵本太閤記」は、武智光秀(明智光秀)が逆臣ではなく正義を貫いて主殺しをするけれど、それを是としない厳格な母さつきや家族との葛藤が大筋。しかしなんですかねー、あの厳しい母親に育てられたからこその光秀の正義感なんじゃないか?!と思うと、このお話も最初から悲劇を内包しているんじゃないのと思いながら、主人公に同情してしまいました。それで「あんたが悪いから、親も子もこうして死んでいくんだって」断末魔に攻められるのは辛すぎるよ。昔の人ってドSだな。
「夕顔棚の段」は咲甫大夫に清志郞のお三味線、「尼ヶ崎の段」は文字大夫・藤蔵、英大夫・團七です。
後半はアクロバチックな「日高川入相花王」。安珍・清姫の川渡りの場面。ほとんどストーカーですねん清姫。お人形の早変わりも面白い趣向です。歌舞伎ですと、安珍・清姫といいますと「京鹿子娘道成寺」が有名ですが、この演目を歌舞伎舞踊に移した作品も、人形振りで踊ってとても面白くて好きです。

なんだかんだで夏休みやら振休やらありましたので、お休みいただき、昼の部からたっぷり堪能した1日でした。

2015年10月4日日曜日

木ノ下歌舞伎『心中天の網島』

先週末、所用で上京することがあったので、前乗りしてこまばアゴラ劇場の木ノ下歌舞伎を見て来ました。(セブン@赤坂歌舞伎、玉様@歌舞伎座、ごめんなさい!)

こまば…はじめて降りましたが、ここ澁谷から本当に2駅か?っていう下町感でした。
この日は1日雨模様で、少し早めに着いたら劇場の待合室に入れてもらいました。

○「心中天の網島」木ノ下歌舞伎
東京公演 2015/9/23〜10/7 こまばアゴラ劇場

作|近松門左衛門
監修・補綴|木ノ下裕一
演出・作詞・音楽|糸井幸之介(FUKAIPRODUCE羽衣)
出演|伊東沙保 小林タクシー 島田桃子 武谷公雄 西田夏奈子 日髙啓介 若松朋茂
音楽監修|manzo

まだ20代の演出家によるいわゆる歌舞伎役者を使わない現代の歌舞伎。興味湧きますね。

浄瑠璃を現代に翻訳するということのようで、基本的に音楽劇でした。(浄瑠璃は音楽というより語りですけどもね。)伴奏は録音でしたけども(たぶん)、すべて糸井幸之助さんのオリジナル。役者さんはミュージカルのようにずっと歌っていて、セリフは義太夫調の床本フレーズと現代語でくすぐりが入ってるような感じ。

まず感心したのは、舞台装置。平均台のようなものが敷き詰めてあって、役者はその台の上を踏み歩きながらお芝居していました。当然ながら不安定なので足もとがおぼつかなくて危なっかしく移動します。ときに両手でバランスをとりながら。油断をすると、踏み外してズブっと落ちたり…。(小春の足には青胆がついてました。)わずかに大和屋の場面だけにはコンパネの床が出現するけれど、それも、舅の五左衛門が現れて修羅場の末に女房おさんを連れて帰ると、治平みずからが自棄になって解体してしまったのでした。

初恋の相手と夫婦になって、親の商売を引き継いで、かわいい子どもも生まれて(原作2人ですが、ここは赤ちゃん1人になっていましたが)、正直に真面目に生きていけば良い塩梅の人生なんだろうけれど、それもコンパネの如くかりそめの安定。誠に人の生き様は危なっかしい。良くないこととは分かっていながら、妙な落とし穴に足を踏み入れて、のっぴけならぬ事態を招いてしまうんだナー。「端から端まで愛と死」なんて、お芝居では歌っていたけれど、けっこうストレートに受け取ってしまいました。
そして、平均台みたいな柱の組み合わせが、最後、水門で自害するシーンに繋がって行くのは、なるほどなーと納得したのでした。

でも、この舞台装置は役者にはとんだ不自由をもたらしてしまいます。足運びに制約がかかり、不安定な身体性を必要以上に見せてしまって、軸の弱さが逆に気になりました。もしかしたら踊りの鍛錬が出来ている歌舞伎役者だったらここまで下半身がぶれたりはしないんじゃないかな…と思いながらみてました。そのせいかもしれないのですが、役者さんたちの音程がうわずっていたのも気になったかな。音楽劇なのでここは音感は鉄板の俳優を望みたいところ。せめて主役のお二人くらいは…。お芝居はよかったのに…残念。いや、この危なかっしさこそ役者の身体を使って表現したかったと言われると、ちょっとツライが。

とはいえ脚本はよく練られていて、たしかに「心中天の網島」です。古典劇では見逃していた近松浄瑠璃の意味もよく分かる。あの音楽も、見て数日たってからでも耳に残っていて、気がついたら鼻歌が突いて出る。上出来なんだと感じました。最近、小劇団系のお芝居には積極的に足を向けていなかったのですが、思い出すものがいろいろありました。機会があったら、次のお芝居も観てみたいです。

このお芝居、もしかしたら宝塚系の俳優とか、歌がいける歌舞伎役者とかのキャスティングを得たりすると、演出家の企てはもっとよく伝わるのだろうか…などと、ちょっと妄想してしまったのでした。


2015年9月27日日曜日

姉弟子のお名取のお祝い

秋のお浚い会まで残すところ約1ヶ月。先のシルバーウィーク期間中も遠出もせず、練習を欠かさなかった虫六。なんだか曲が折りたたんで身体の中に入ってきたかなーと調子に乗っていたのですが、ここ2日ばかり出張で上京したら練習脳になっていたはずが緊張の糸がほぐれて、また元の黙阿弥…_| ̄|○ 若い時の記憶力が恨めしい。

それはそれとし、今日は今年の春に名取になった姉弟子Oさんのお祝いの会がありました。
そのころ、姉弟子のCさんが大病を患いいろいろ心配したのでしたが、無事に元気になって練習再開となりまして、その快気祝いも兼ねての、嬉しい楽しい会となりました。

お名取かー。そんな日が私にもくるのでしょうか…(遠い目)

今日は、Cさんの小学校(?)の同級生がやられている仙台銀座のお寿司屋さん「鮨 仙一」で、昼から二段重ねちらし寿司をいただきました!
旨しー。鮑も入っておりました。つか、何よりネタがいい!
これに十三湖のシジミ汁とデザートがついて3700円だったかな。サービスで、とろっとろの戻り鰹もいただきました。(念のため、グルメブログではありません)

ずっと喋りぱなしで1時間を過ごし、カフェに移動してお茶しながら、今後の自主連について課題を出されて、散会となりました。

帰りに、演奏会用の帯を「作り帯」に出してきました。(これも自分に負けた気がするのですが、それでなくても緊張でいっぱいいっぱいの朝に帯がうまく締められずにパニックになるのを回避するという意味で、きっと正解だと思いまして…)ふう。

あ、今日は中秋の名月ですね。明るい夜です。

【予告】
このところサボり気味でしたが、溜まった日記をさかのぼって書き留めて行きますです。

2015年9月8日火曜日

【訃報】紙芝居師・梅田佳声さんに心よりありがとうを

東京の紙芝居師・梅田佳声さんが、8月27日にご逝去されたとのお知らせをいただきました。87才だったそうです。

2015年2月4日 八王子市の公園にて
以下は、私的な回想です。

思い出すのは、2003年11月10日の仙台駅近くの今は亡き喫茶店「goodman」で梅田さんと過ごした時のこと。

その前日、8-9日に私たちが主催した“長編紙芝居『猫三味線』”という3時間におよぶ紙芝居公演を、2ステージ、大熱演で出演していただいての翌日のことで、お帰りになる新幹線が来るまでと、コーヒーを飲んで過ごしていただいたのでした。当時、梅田さんは75才。まだまだお元気でしたが、さすがに連日大舞台を踏んでいたので、お疲れだったのでしょう。昨日の余韻に浸りながら口数少なにポツポツと会話をしていたのですが、ふと何かを思い出したように微笑まれ、「しかし、人の人生というのは面白いね。70を過ぎてこんな面白いことが待っていたなんて…」と愉快そうにおっしゃってくださいました。その時、私もそれまでの人生で味わったことのない胸のすく感慨を覚えたことが思い出されます。

二十世紀が終わる頃に「街頭紙芝居」というカオス怪物みたいな手強い大衆文化をテーマに研究をはじめた私は、実演者を求めて梅田さんとの出会いがあり、一からいろいろと教えていただきました。絵があっても実演がなければ、演奏されない楽譜と同じだということを実感したのは、梅田さんの実演に出会ったからでした。当時、仙台市にはもう現役の紙芝居屋さんはいなかったのですが、絵の保存と実演の伝承をセットで“動態保存”していかないと文化は伝えられないという基本的な考えも、梅田さんとの交流の中ではぐくまれていきました。

梅田さんは、飴売りはせず、紙芝居を芸として高めてみたいとおっしゃっており、その芸風は、かつて紙芝居をはじめ大衆演劇や漫才をされていた経験に裏打ちされ、さらに落語や講談、小唄…など芸事に精通された教養があふれ出てくるような紙芝居でした。大衆の中に豊穣な芸事の地盤があればこその紙芝居文化だったんだ、ということを実感させてくれる実演でした。そしてその思いが結集した舞台が『猫三味線』だったのです。

『猫三味線』は梅田さんの長年の持ちネタで、それまで日本橋亭や四ッ谷・石響で長編ライブに挑戦されていました。その演目をなんとか仙台で上演できないかと、市の企画コンペに応募した結果、採択されて、ようやく形にすることができました。仙台では240人定員のホールで、本物の紙芝居舞台の他に、原画を大小のスクリーンに投影し、三味線・箏のプロの生演奏(山本昌子さん)を劇判としてつけました。大写しになった紙芝居絵(ケイ・タジミ画)の臨場感と梅田さんの外連味たっぷりな語り、加えて当意即妙の三味線のからみが絶妙で、サイレント映画のようでもあり、見世物のようでもあり、また舞台と満杯の客席の一体感も昂揚するもので、ステージ・エンターテイメントとして新鮮な衝撃がありました(これが紙芝居の水平線をみる経験となり、私たちが自前で二十一世紀紙芝居『蛇蝎姫と慙愧丸』をゼロから作っていくきっかけにもなったのは、また別なお話です)。

この公演の前後には、数年にわたり10−BOXなどの会場を借りて、もう少し小さい規模のライブを何回かやっていただいたり、また「まちげき」にも出演していただいたこともありました。地元の俳優・小畑次郎さんとの仙台での古い紙芝居の上演活動にもいろいろお導きをいただきました。また、梅田さんを慕う若者たちが街頭紙芝居に手を染めはじめるということもあり、仙台での梅田さんの影響力は非常に大きいものがありました。

もちろん梅田さんは東京を中心に活躍されていたのですが、全国でもひっぱりだこで、その上演の巧さは、いわゆる教育・手作り系の紙芝居の方々からも高く評価されていました。そのような意味で、昔から溝が深かった教育系と街頭系の、二系統の紙芝居の橋渡し役としても、たいへん大きな存在だったといえます。また、玄人の演芸関係者にもファンはいらしたようで、生前には梅田さんのインタビュー本やDVDの発売計画もあったように噂には聞いています。私たちは親しみを込めて気軽に「梅田さん」とお呼びしていましたが、もっともっと畏敬の念をもってお相手させていただくべき方だったのではないかと思います。

しかし、人を選ばず丁寧にお相手してくださる方でしたので、心のこもった手紙で力をもらった経験は、きっと私だけのものではないでしょう。

そんな梅田さんですが、ご本人の芸歴にはブランクがありました。健康を害し、また、家庭を持つために芸人の道をあきらめて堅気の仕事についたと伺っています。その間も好きで寄席に通ったり、講談落語研究会に参加したり、国立劇場の脚本コンテストで入賞したこともあったそうです。定年にさしかかる頃に、上野の下町風俗資料館で紙芝居の展示をみて、ボランティアではじめた実演。喫茶店でのつぶやきは、そんな人生を振り返っての一言だったのではないかと思います。

昔のような商売は成り立たない社会に、紙芝居を復活させるのは容易ではなかったはずです。飴売りをしないかわりに、資料館やお祭りなどのイベントでギャラをもらって上演するというスタイルの確立に努力なさっていたし、絵も上手なので新作の制作にも精力的でした。晩年、体力が落ちていったり、苦しい闘病生活のなかで、絵の保存や後継者のことなど行く末にいろいろ悩むことは多かっただろうし、胸の内で闘っていることも少なからずあったのではないかと思うと、何のお役にも立てなかった自分の無力が残念です。今年7月7日の七夕の日に、子どもの文化研究所の「紙芝居3賞」の授賞式に病を押してご出席された梅田さんにお会いできたのが、今生の別れとなりました。最後に拝見した紙芝居は、『恩讐の彼方に』でした。

軽妙洒脱な江戸前の語り口、自分で突っ込みを入れながら突いて出る替え唄、あの明るい舞台をもうみられなくなったのは、本当に寂しい。まさに名人芸でした。

弟子は取らない主義だったとはいうけれど、梅田さんを慕い、紙芝居を続けている後継者たちは頑張っています。せめてその紙芝居師の皆さんのことを、梅田さんにかわって応援していきたいと思います。

心から、心からご冥福をお祈りします。

2015年9月2日水曜日

8月に読んだ本

2015年8月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:1550ページ
ナイス数:22ナイス

断片的なものの社会学断片的なものの社会学感想
失礼ながら著者のことはほぼ知らず、タイトルと表紙の写真に惹かれてのジャケ買いで一気読み。素直にこの本に出会えて幸運だった。自分も呑み込めないものをはき出せずに違和感のまま残したり、いつの間にか何かをあきらめたり折り合いをつけたりということを意識的にも無意識にも重ねて保ってきたんだろうな。乾いた笑いしか返せないことも、言葉で人をキズつけてることもある。時おり木もれ日が射すように色や形を伴って古い記憶が姿を起こすことがある。そんな今・昔、甘・苦入り交じった感傷が何度も訪れた。また何度も読み返すと思う。
読了日:8月31日 著者:岸政彦

坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ (岩波現代文庫)坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ (岩波現代文庫)感想
単行本を買おうと思っていたら文庫本になってた。今年2月に亡くなった三津五郎丈の歌舞伎案内。「歌舞伎のこともっと知りたいけれど、入門書では飽きたらず、教科書みたいな研究書を読みたいわけじゃない」そんな中級者には最適で、かつ、読み応え充分の1冊。「踊りの愉しみ」も面白かったけど、こちらも!!役者の視点から舞台の奥にある世界を垣間見せていただき胸躍る。長谷部浩さんの聞き出し力もあるとは思うけれど、とても読みやすい。知りたかった内容・構成で説明も巧い。三津五郎さんという人はとても明晰な人だったんだと強く感じる。
読了日:8月24日 著者:坂東三津五郎

春山町サーバンツ 4 (ビームコミックス)春山町サーバンツ 4 (ビームコミックス)感想
広報誌の編集係と思っていたら今度は認可保育園の新設担当…とな。春山町出張所は仕事の可能性がいっぱい。鶴子ちゃんみたいな人がお役人だと町民のみなさんは味方してしまうかもね。muneさん、マスコットクリエーターっていうよりアートプロデューサーですね。本人ふわふわしているのにビジネス展開力凄し。不思議な人だ。個人的には、自転車の補助椅子が好きだったのに、鶴子にちょっと大人ぽいとこみせたくなって自分で自転車に乗ることを覚えたばかりか、ママを補助椅子に乗せて走ってるひろ君がかわゆし。最終巻とは寂しい。かなり。
読了日:8月16日 著者:朝倉世界一

春山町サーバンツ 3 (ビームコミックス)春山町サーバンツ 3 (ビームコミックス)感想
4巻が出たので再読。
読了日:8月15日 著者:朝倉世界一







Heaven?―ご苦楽レストラン (1) (ビッグコミックス)Heaven?―ご苦楽レストラン (1) (ビッグコミックス)感想
お友だちに貰って(!)読みました。無茶苦茶ででまかせばっかしの自由奔放系女性オーナーと冷静だが適正がハテナ?なシェフドランの伊賀君を核に、「つぶし」ジンクスのシェフ、素人ばっかのサービススタッフが集まって、駅から遠いお墓の真ん中にレストランを開業するって話。しかし、佐々木先生の人物設定パターンはいつもといっしょかな?2巻目以降はお友だちが買わないって言ったので読めない予定。
読了日:8月13日 著者:佐々木倫子

花に染む 6 (クイーンズコミックス)花に染む 6 (クイーンズコミックス)感想
それぞれの心にあるものが閉ざされていて、誰にも感情移入出来ないのが、この作品を読みにくくしているんだなーと、思いながら読み進めました。 雛さん、今回は登場が少なめ。
読了日:8月13日 著者:くらもちふさこ






坂東三津五郎 踊りの愉しみ坂東三津五郎 踊りの愉しみ感想
歌舞伎役者と一口で言ってもいろんな家筋がある。三津五郎丈の場合は、菊五郎劇団で六代目の元で修行した父(八代目)が大和屋に婿養子に入って生まれた九代目。役者でもあるけれど、舞踊・板東流家元としての宿命、修練の生涯があったのだ。早すぎる死は舞踊界の人たちにとっては想像以上に大きな喪失だっただろうと感じた。大和屋の踊りに立ち向かう言葉はまるで遺言だ。もっともっと面白くなっただろうし、その踊りを見たかった。「喜撰」や中村屋との「棒しばり」、まだ目に焼き付いている。芝居だけでなく踊りを愉しむ目を身につけたいな。
読了日:8月12日 著者:坂東三津五郎

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