2015年10月30日金曜日

とりあえず、あした本番なんで

公私ともに追い込まれている虫六です。
先週末は、虫六子の大学祭にいって、
 美大生の半端ない造形力に感心しつつ、

こんな↑パフォーマンスで両手叩いて愉しんだり、して、締めは帰り足で↓こんなものまで(つか、すでについでではない)腹一杯胸一杯堪能してきたのですが…


すんません、すごく面白い芝居だったので、記憶が冴え冴えしている内早く書きたいのやまやまなんですが日記さぼってます。
だって明日がお浚い会の本番なんだもん。残業はあるし、会の準備はあるし、練習が追いつかなくて全く余裕がないのでしたー。

とりいそぎ、予告までー。 きものぉー!


2015年10月21日水曜日

コーコーコーヒー

この春M美大に進学した虫六子は、引っ込み思案を解消すべく「やりたいと思ったことは全部やる」という信念の元に、日々楽しくよろしくやっているようなのですが、さらにはこの夏から西国分寺駅ちかくの魅力的なカフェでアルバイトをさせていただき、刺激のある日々を送っておるようです。せっかくなので、胡桃のように固い自意識の殻を自分で打ち破って面白い人に成長して欲しいものです。

それで…、その初めていただいたバイト代で我が家にかかせぬ食材であるところのコーヒー豆を送ってくれました。しかも社販割で買って。(←我が子ながらしっかりしとる)


今回はスタンダードなやつと深煎りを送ってくれまして、本日はさっそく深煎りの方をいただきながら虫六子の殊勝な孝行心に感謝しつつ、秋の夜長は更ける…はず、だったのですが。
何口も飲まないうちに、虫六子本人からLINEで長電話が入り、ちゃんと味わう間もなくコーヒーは冷めてしまい、消沈の母を脇に、「今度は深深煎りにして。」と注文をつけるわがままな父親…。
…ま、娘が気にしてないからいいことにするか。

あした入れるときにはじっくり味わいたいものです。

第四回忠美恵会と宿題

あぁー、ついにお浚い会があと10日に迫ってまいりました。
今年は3年ぶりに地元開催というか、我が師匠主催のお浚い会であります。
はたしてこの1年間に虫六には成長があったのでしょうか…。

それはさておき。
じゃーん。プログラムであります。
実はこれ、虫六お手製でして…オフィスベンダーでレーザー対応用紙を買ってきて、コピーでオンデマンドしております。先日、60部ほど作って持って行ったのですが、身内におくばりしたら無くなってしまい、
虫「もう同色の用紙は品切れです…」と訴えましたら、
師匠「あら、色違いでもいいわよ!」と、アバウトなご返答。
ならばと大胆にもう2色つかいして追加印刷してみました。

そんなわけで、

○第四回 長唄「忠美恵会」

日時:平成27年10月31日(土) 12時30分開演 
会場:仙台市片平市民センター 和室
   (青葉区米ヶ袋1−1−35 電話:277-5333)
   入場無料

ご用とお急ぎで無い方は、ぜひ足をお運びください。
まったりお菓子でも食べながら長唄を愉しんでいっていただければ幸せです。
ちなみに、虫六の出番は一番手でありますので遅れた人は聞けませんよ。あしからず。
あ、できれば来る人はご一報くださいね、焦るので。(←メンタル華奢な人)

で、さらなる宿題は、プログラムと一緒にお配りする曲解説。師匠からのご指名(?)により、なんと虫六が書くことになっております。(ま、1/3くらいは前回と曲がダブるので、その時に兄弟子Kさんが書いたのをいただくのですが…苦笑)
自分の曲の練習もままなりませんが(←さっそく言い訳)、こちらも勉強させていただきます。がむばります!
虫六に書かせると長くなるので、どう短くまとめるかが課題ですけどね。へへへ。

2015年10月13日火曜日

9月に読んだ本

2015年9月の読書メーター
読んだ本の数:4冊
読んだページ数:836ページ
ナイス数:20ナイス

アントニオ・ロペス 創造の軌跡アントニオ・ロペス 創造の軌跡感想
現代スペイン・リアリズム絵画を代表するアントニオ・ロペス・ガルシアがみずからの画家としての歩み、制作と悦びと苦しみ、それぞれの作品にまつわる思いでを語った珍しい講演の記録。
読了日:9月29日 著者:木下亮






言い残しておくこと言い残しておくこと感想
日本教育の優等生からはかなり逸脱した場所から思考し、日本をとらえ批評してきた鶴見さんから学ぶべき事はあまりにも多い。全集を買ってとばし読みしていたのですが、初めからしっかりちゃんと読まなければ…と、鶴見さんを亡くしてしまった現実にぶつかって猛省しています。それにしても、ハーバードに行く前の日本で過ごした少年期の厭世感とやさぐれ度はやはり凡人ではありません。
読了日:9月25日 著者:鶴見俊輔





写真屋カフカ (ビッグコミックススペシャル)写真屋カフカ (ビッグコミックススペシャル)感想
時代設定がいつなんだか分からないんですけど、こういう話は好きなので、とりあえず○。
読了日:9月23日 著者:山川直人







あの日、制服で (ビーボーイコミックスデラックス)あの日、制服で (ビーボーイコミックスデラックス)感想
オムニバスなので望んでも意味ないんですが、もっとたっぷり読みたかったです。スピンオフで(…っていうのかな?)標題作の長編描いて欲しい。それから、明日美子先生の線が、ますます細くなっている…!!
読了日:9月20日 著者:中村明日美子

読書メーター

2015年10月9日金曜日

永青文庫「SHUNGA 春画展」

評判になっているのでもう行かれた方も多いかも知れませんが…、文京区目白台の永青文庫で、日本で初めての『春画展』が開催されています。


○『世界が先に驚いた SHUNGA 春画展』

永青文庫
2015年9月19日〜12月23日
(前期/9月19日〜11月1日、後期/11月3日〜12月23日)

一昨年に大英博物館で行われて大変話題になった 『春画 日本美術の性とたのしみ』展の凱旋展とのことですが、日本では受け皿になる美術館が見つからず、開催にこぎ着けるまで難航して関係者の方はそうとうご苦労をなさったそうです。細川家ゆかりの永青文庫が懐深く引き受けての、本邦初の春画展となったもよう。ヨーロッパが認めたアートでも難しいですか。
(…なにしろ専門家が作って専門家が選んだオリンピックエンブレムに、「日の丸が下にあるとはけしからん!」なんて、エラい爺さん(←勝手に断定)に横槍を入れられて、あっさり修正させるような民度ですからね、我が国は…)

そんなわけで、後にも先にもこんな展覧会は日本じゃ見れないのかナーという予感が働きまして、足を運びました目白台まで。

この展覧会を文章で表現するのはなかなか難しいですが、本来、誰でも見られるわけじゃない秘められたジャンルの作品なのに、年代の幅もあり、名だたる絵師達が参戦して筆を競い、趣向もさまざまで、そのバリエーションの多さに驚きました。
どうやったらこんな体位に…と苦笑とするほどデフォルメしながらの強調しすぎの交合場面の表現や、大胆構図ながらうっとりするほど繊細な線で描かれた美しい横判錦絵(鳥居清長)、鈴木春信なども初々しい春画を描いていたんだとか、「お染久松」の身も蓋も無いその場面(描くか−、描くのかー!)とか、いろいろ発見がありました。

大名家に伝わる巻物などは婚礼の調度品だけあって、狩野派の絵師が凝った装飾を施して筆をふるっていたり…。
考えてみれば、江戸時代の御武家の成婚といえば、何が何でも子をなさねばならないというミッションがあるわけで、非常に大切な教本だったんですね。ご婦人の恍惚の表情がポジティブに描かれているのが印象的でした。

もちろん武家のみならずさまざまな階層の町人たちも、秘かにこのような浮世絵を愉しんだのでしょうけれど、これらの春画をみながら虫六が思い出したのは、民謡に歌い込まれる春歌でした。

「日本禁歌集」にも紹介されていますが、各地にそのようなエッチな民謡が残っていて、聴いてみるとそのあまりの大らかさに思わず笑いがでるのです。某兄弟子が、「民謡の新年会に呼ばれていくと、おばちゃんたちの猥談がとまんない」という話を聞いたことがあります。都会では、取り締まりもあるせいでしょうけれど家宝の巻物にしたり豆本なんかに仕立てたりしながらこっそり愉しむことが、地方ではみんなで大っぴらに歌って踊って愉しんでたのかなと、思ったらちょっと面白かったのでした。タブーでもあるけど娯楽でもある不変のテーマ。いづれにしても「種の保存」は生物的に最大の命題には違いなのでしょうけれど。

それにしてもこの企画展、とても混んでいるんですが、あまり他の美術展にはない神妙な空気感が漂っていて、それも面白かったのでした。

この超ぶあつい図録は4000円。ビニール掛かってます。
次があるかどうか分からないので、迷わず購入。

【補足】
ところで、永青文庫のあるこの界隈は閑静で風情のある雰囲気で、この日は残念ながら雨模様でしたが、お散歩したら楽しそうでした。神田川沿いには桜並木があり、今度は春の頃にゆっくり来て、落ち着いた永青文庫の展示を拝見しようかなと思ったのでした。

2015年10月8日木曜日

文楽地方公演2015「心中天の網島」ほか

まいったなー。今年の文楽地方公演は「心中天の網島」でした!
木ノ下歌舞伎で拝見したのが予習みたいになってしまったよ。


○人形浄瑠璃 文楽 平成27年地方公演

<演目>
昼の部
 「団子売」
 「心中天網島」
    天満紙屋内の段
    大和屋の段
    道行名残りの橋づくし

夜の部
 「絵本太功記」
    夕顔棚の段
    尼ヶ崎の段
 「日高川入相花王」
    渡しの場の段

このところ元気のない文楽の名人の方々のなかで、清治師匠だけは地方まで回ってきて来てくれて、その鋭くも華麗なバチ捌きを聴かせてくださり嬉しいのでした。いつまでもお元気いてください。今回は脇を3人率いての「団子売」。大夫は呂勢・咲甫・希の若手、人形は文哉・紋秀でした。こういう演目がかかってしまうので、やっぱり昼の部から見逃せないのですよね。

また昼のつづきは、「心中天網島」。
天満屋内の段からなので、女房おさんの物語りが中心です。(それで入り口でお迎えしていたのかー!)奥は、予定では津駒大夫だったのですが、休演でピンチヒッターは呂勢大夫。連続出演です。夫婦のわだかまりも乗り越えて、家財道具を処分してでも小春を請け出そうと二人の心がひとつになったところにまさかの舅殿が出て来て無理矢理引き離される治兵衛とおさん、…呂勢さんと清介さんの修羅場をたっぷり聞けました。
切り場は咲大夫さんと清十郞さんでした。ここまでなかなかヒロイン小春が登場して来ないのですが、はじめの出方がどんなかというと、「手」です!みんなが寝静まった大和屋さんから、忍び出ようする白い手。…かわいい…。ところがこの手が、暗くて重くてなかなか開かない扉から心臓ばくばくさせながら必死で出てこようとするのが、伝わってくるんですよぅ。
人形すごい!ちなみに小春の使い手は勘十郎さん、治兵衛は先頃襲名したばかりの玉男さんです。やっぱりこの演目は文楽のが面白いです。

そして、夜の部。
「絵本太閤記」は、武智光秀(明智光秀)が逆臣ではなく正義を貫いて主殺しをするけれど、それを是としない厳格な母さつきや家族との葛藤が大筋。しかしなんですかねー、あの厳しい母親に育てられたからこその光秀の正義感なんじゃないか?!と思うと、このお話も最初から悲劇を内包しているんじゃないのと思いながら、主人公に同情してしまいました。それで「あんたが悪いから、親も子もこうして死んでいくんだって」断末魔に攻められるのは辛すぎるよ。昔の人ってドSだな。
「夕顔棚の段」は咲甫大夫に清志郞のお三味線、「尼ヶ崎の段」は文字大夫・藤蔵、英大夫・團七です。
後半はアクロバチックな「日高川入相花王」。安珍・清姫の川渡りの場面。ほとんどストーカーですねん清姫。お人形の早変わりも面白い趣向です。歌舞伎ですと、安珍・清姫といいますと「京鹿子娘道成寺」が有名ですが、この演目を歌舞伎舞踊に移した作品も、人形振りで踊ってとても面白くて好きです。

なんだかんだで夏休みやら振休やらありましたので、お休みいただき、昼の部からたっぷり堪能した1日でした。

2015年10月4日日曜日

木ノ下歌舞伎『心中天の網島』

先週末、所用で上京することがあったので、前乗りしてこまばアゴラ劇場の木ノ下歌舞伎を見て来ました。(セブン@赤坂歌舞伎、玉様@歌舞伎座、ごめんなさい!)

こまば…はじめて降りましたが、ここ澁谷から本当に2駅か?っていう下町感でした。
この日は1日雨模様で、少し早めに着いたら劇場の待合室に入れてもらいました。

○「心中天の網島」木ノ下歌舞伎
東京公演 2015/9/23〜10/7 こまばアゴラ劇場

作|近松門左衛門
監修・補綴|木ノ下裕一
演出・作詞・音楽|糸井幸之介(FUKAIPRODUCE羽衣)
出演|伊東沙保 小林タクシー 島田桃子 武谷公雄 西田夏奈子 日髙啓介 若松朋茂
音楽監修|manzo

まだ20代の演出家によるいわゆる歌舞伎役者を使わない現代の歌舞伎。興味湧きますね。

浄瑠璃を現代に翻訳するということのようで、基本的に音楽劇でした。(浄瑠璃は音楽というより語りですけどもね。)伴奏は録音でしたけども(たぶん)、すべて糸井幸之助さんのオリジナル。役者さんはミュージカルのようにずっと歌っていて、セリフは義太夫調の床本フレーズと現代語でくすぐりが入ってるような感じ。

まず感心したのは、舞台装置。平均台のようなものが敷き詰めてあって、役者はその台の上を踏み歩きながらお芝居していました。当然ながら不安定なので足もとがおぼつかなくて危なっかしく移動します。ときに両手でバランスをとりながら。油断をすると、踏み外してズブっと落ちたり…。(小春の足には青胆がついてました。)わずかに大和屋の場面だけにはコンパネの床が出現するけれど、それも、舅の五左衛門が現れて修羅場の末に女房おさんを連れて帰ると、治平みずからが自棄になって解体してしまったのでした。

初恋の相手と夫婦になって、親の商売を引き継いで、かわいい子どもも生まれて(原作2人ですが、ここは赤ちゃん1人になっていましたが)、正直に真面目に生きていけば良い塩梅の人生なんだろうけれど、それもコンパネの如くかりそめの安定。誠に人の生き様は危なっかしい。良くないこととは分かっていながら、妙な落とし穴に足を踏み入れて、のっぴけならぬ事態を招いてしまうんだナー。「端から端まで愛と死」なんて、お芝居では歌っていたけれど、けっこうストレートに受け取ってしまいました。
そして、平均台みたいな柱の組み合わせが、最後、水門で自害するシーンに繋がって行くのは、なるほどなーと納得したのでした。

でも、この舞台装置は役者にはとんだ不自由をもたらしてしまいます。足運びに制約がかかり、不安定な身体性を必要以上に見せてしまって、軸の弱さが逆に気になりました。もしかしたら踊りの鍛錬が出来ている歌舞伎役者だったらここまで下半身がぶれたりはしないんじゃないかな…と思いながらみてました。そのせいかもしれないのですが、役者さんたちの音程がうわずっていたのも気になったかな。音楽劇なのでここは音感は鉄板の俳優を望みたいところ。せめて主役のお二人くらいは…。お芝居はよかったのに…残念。いや、この危なかっしさこそ役者の身体を使って表現したかったと言われると、ちょっとツライが。

とはいえ脚本はよく練られていて、たしかに「心中天の網島」です。古典劇では見逃していた近松浄瑠璃の意味もよく分かる。あの音楽も、見て数日たってからでも耳に残っていて、気がついたら鼻歌が突いて出る。上出来なんだと感じました。最近、小劇団系のお芝居には積極的に足を向けていなかったのですが、思い出すものがいろいろありました。機会があったら、次のお芝居も観てみたいです。

このお芝居、もしかしたら宝塚系の俳優とか、歌がいける歌舞伎役者とかのキャスティングを得たりすると、演出家の企てはもっとよく伝わるのだろうか…などと、ちょっと妄想してしまったのでした。