お友だちのシャーパパさんが、ギターのピックを自家製するのに中古の三味線撥をヤフオクで買った…という話に、「えっ?」と耳がそばだってしまった虫六。
…三味線の撥って、ヤフオクで売ってんの?!
そんなわけで、参戦してしまいましたよう、ヤフオク!
1回目はちょっと良い感じのやつでしたが、こちらが8千円くらいの値段設定で構えていたら、あれよあれよと1万円超えして、迷っているうちに競り負けまして…(。>0<。)
2回目はがんばって落札しそうだったのに、虫六がまだ落札した経験なく、信用度が「0」だったせいか出品者から拒否されてこれもアウト…(||li`ω゚∞)ひどすぎ。
で、3度目の正直でやりました!落札!
剥撥ですが、象牙です。落札価格…13000円でございました。
なにしろワシントン条約なる法律のせいで、もう象牙は輸入できませんので、国内にある象牙をなんとかゲットしていかねばなりません。新品の撥は軽く10万円超えしますので、状態のいい中古を今のうちに確保しておきたいというのが本音です。
しかし、実際に手にしてみないと分かりませんので、リスクもあります。
さっそくお稽古の日に先生に見てもらったら、この剥ぎのとこがしっかり着いてないんでないの?という、鋭いご指摘…(あーん、しくじったか虫六…)
これまで虫六が遣っていた撥よりも、開きは広め、かつ、薄めです。
上が今回落札した撥(2号)、下がこれまで遣ってた撥(1号)。
ね、だいぶ違います。
虫六の撥1号は、先生も認める良い撥で、大薩摩や早弾きの曲でもビンビン弾けるのです。
しかし、いまお稽古中の「春の調」で試し弾きをしてみましたら、「あら、けっこう弦が響いてこういうチンチリの優雅がな曲にはあうかもね」と、この撥も悪くない。「貴女が弾きやすければ問題なし」と、とりあえず及第点がつきました。
虫六的には、丸もの象牙撥1丁ではいざというとき不安かな…の、2丁めでしたが、曲目によって「使い分け」という思わぬ事態となり、いやはや…深いわー。お道具ひとつも。
撥だけ買ったつもりが、こんな立派な撥ケースもついてきて、この買い物はあまり高くなかったと、癖になりそな虫六でした。
歌舞伎などのお芝居や邦楽、さらに大道芸、雑芸などなど、身体と視覚と聴覚が一体となった日本の伝統藝能が面白いなぁと、みちのくS市からウォッチングしております。 (近頃は体調不良のため夜更かし禁止令が出て、更新がままなりませんが、Twitterでは短めに黒い羽根伸ばし(観劇)ネタなども…)
2016年3月30日水曜日
2016年3月26日土曜日
土屋瑞穂先生の河北文化賞お祝い会(ささやか編)
大学時代の恩師、彫刻家の土屋瑞穂先生が今年度の河北文化賞を受賞されました。
今日はそのささやかなお祝い会を泉ヶ岳の麓の「岳山珈琲」ってカフェでやるからね、と大先輩Sさんからお声を掛けていただいたので、午後休とって参上しました。
岳山珈琲は大学の先輩ご夫妻が、少し早めに退職して開業したカフェです。自家焙煎珈琲とさらっと趣味の良い北欧家具や食器に囲まれた居心地の良い空間でした。
…とはいえ、土屋先生の教え子たちはほとんど県内外の学校の先生になっているわけで、しかも昨日は教員の異動発表の日。その翌日の、平日の昼間とあって、「いったい誰が参加できるんですか?…つか、そんな大きな賞いただいたら、ホテルでないの会場は?」と大いに主催した先輩に疑問を投げつけた虫六でしたが…
けっこういるのね、もう定年になった先輩とか、作家なので昼間も動ける(けどたまたま日本に帰ってきていた)先輩とか…。ちなみにみなさんは虫六より一回り年上世代の方々ですが、そんな集まりにヤクザな商売をしているのでなぜか虫六が闖入してたって感じでしょうか。
車でしかやってこれないお店で、このご馳走…。奥に鎮座しているのは、フランスから空輸でやってきたターキー君の丸焼きです。当然、ワインでしょ。しかし、助手席に乗ってきた人以外、全員がノンアルビールで談笑。さすがに面白いですね、土屋研究室の先輩方は。話、とまんないです。オイラは助手席組なので遠慮なくワイン飲みましたですけどね。
でも、大学で得るものって、コツコツ自分が勉強がんばって成長することも大事だけど、同じ大学なり研究室で同じ空気のなかで勉強した経験って、実際に学年がかぶっていなくても文化的温度の共有感っていうものがあるなと思ったし、それを共有できる縦なり横なりの人の繋がりっていうのは、その後の人生ではとても重要な財産なんだな…ということを、この会話の中で実感しました。
ま、いろいろささやか過ぎてハラハラした部分もありましたが、濃ゆい先輩方の武勇伝みたいなむかし話もいろいろ聞けて、アットホームなお祝いの会でした。いまも変わらない土屋先生。楽しく過ごしていただけて良かったです。いつまでもお元気でいてください。
今日はそのささやかなお祝い会を泉ヶ岳の麓の「岳山珈琲」ってカフェでやるからね、と大先輩Sさんからお声を掛けていただいたので、午後休とって参上しました。
岳山珈琲は大学の先輩ご夫妻が、少し早めに退職して開業したカフェです。自家焙煎珈琲とさらっと趣味の良い北欧家具や食器に囲まれた居心地の良い空間でした。
…とはいえ、土屋先生の教え子たちはほとんど県内外の学校の先生になっているわけで、しかも昨日は教員の異動発表の日。その翌日の、平日の昼間とあって、「いったい誰が参加できるんですか?…つか、そんな大きな賞いただいたら、ホテルでないの会場は?」と大いに主催した先輩に疑問を投げつけた虫六でしたが…
けっこういるのね、もう定年になった先輩とか、作家なので昼間も動ける(けどたまたま日本に帰ってきていた)先輩とか…。ちなみにみなさんは虫六より一回り年上世代の方々ですが、そんな集まりにヤクザな商売をしているのでなぜか虫六が闖入してたって感じでしょうか。
車でしかやってこれないお店で、このご馳走…。奥に鎮座しているのは、フランスから空輸でやってきたターキー君の丸焼きです。当然、ワインでしょ。しかし、助手席に乗ってきた人以外、全員がノンアルビールで談笑。さすがに面白いですね、土屋研究室の先輩方は。話、とまんないです。オイラは助手席組なので遠慮なくワイン飲みましたですけどね。
でも、大学で得るものって、コツコツ自分が勉強がんばって成長することも大事だけど、同じ大学なり研究室で同じ空気のなかで勉強した経験って、実際に学年がかぶっていなくても文化的温度の共有感っていうものがあるなと思ったし、それを共有できる縦なり横なりの人の繋がりっていうのは、その後の人生ではとても重要な財産なんだな…ということを、この会話の中で実感しました。
ま、いろいろささやか過ぎてハラハラした部分もありましたが、濃ゆい先輩方の武勇伝みたいなむかし話もいろいろ聞けて、アットホームなお祝いの会でした。いまも変わらない土屋先生。楽しく過ごしていただけて良かったです。いつまでもお元気でいてください。
お祝いに持参した吉野桜の花束です。もう、春ですねー。
2016年3月23日水曜日
シアター・コクーン「エターナル・チカマツ」
恒例の激務マンスリーに突入でブログを更新する余裕もないのに、見て来てしまいましたシアター・コクーンで上演中の「エターナル・チカマツ」を。
◆『ETERNAL CHIKAMATSU』-近松門左衛門「心中天網島」より-
シアター・コクーン
2016/3/10(木)~3/27(日)
作: 谷 賢一
演出: デヴィッド・ルヴォー
出演
ハル 深津絵里
小春 中村七之助
おさん 伊藤 歩
中島 歩、入野自由、矢崎 広、澤村國久、山岡弘征、朝山知彦、宮 菜穂子、森川由樹、
中嶋しゅう、音尾琢真
最近、偶然かも知れませんが、近松ものの現代版やドラマやらが多いので、近松ってシェークスピアみたいな感じで捉えられているんだろうか…と思っていたら、D・ルヴォー氏がまるでそんなことを言っていたのでビックリしました。イギリス人は近松をどのように解釈するんでしょう。
『心中天網島』の“世界”に棲む小春と、いまの大阪で、死んだ夫が残した借金返済のため身を売って稼いでいる女(ハル)が蜆川(近松・心中ものの舞台として有名)の橋の上で出会い交わっていく物語。見せ場は前幕の小春心中の場面。七之助が迫力の演技力を魅せてくれますが、これが型としていっそう美しく舞台に映えておりました。えびぞりぃ〜。
七之助は可憐で健気ないい小春。男性の役者が相手ならなんの違和感もないところ、しかし、女性としても華奢で小柄な深津絵里が相手なので、なんちゅうかリアルに身体の性差が気になるということはありました。
小春が棲む虚なる物語世界(向こう側)とハルのいる現実世界(こちら側)との、パースペクティブが錯誤する感じはたぶん面白いはずなのですが、なんとなくちぐはぐに見えてしまう。どこかのピースが噛み合ってないのかな。
ハルが借金を完済するまでに何万何千回身を売らなければならないって計算する場面と、戯曲になってしまった小春の恋は、何百年も上演され続けて、その度に小春は治兵衛に殺される(実際に同じ場面が繰り返し演じられる)というのが重なって見えてくるのですが、小春とまるで瓜二つの境遇のはずなのに、二人が絡むとハルが纏っているはずの哀れ感はなんだか希釈されてしまうのでありました。
ハルがおさんと絡む後幕の方は、五左衛門に夫婦が引き裂かれる場面が省略されてしまったこともあり、さらに個人的には少しダレたかなという感想。
演出は能的な世界感を狙っていたのか、小春なんかは世話物歌舞伎のヒロイン(もとは文楽ですが)というより、蜆川の橋の上の行ったり来たりして成仏できない、中世的な幽玄なあの世の存在として映りました。それは、とても幻想的で美しかったけれど。
とはいえ、舞台の最後に(ここからネタばれ注意→)あっと驚く早変わりがあって、全ては現代劇の寸法に収められた!って感じで、全体的には脚本はよく練られていたと思います。
脇の俳優さん、狂言回しの中島しゅうさんや、イサオ/孫右衛門の音尾琢真さん、達者でした。
それから余談ですが、劇中歌で小春の歌が流れるのですが、女声なのに七之助の音感が良いのにびっくり。ポテンシャル高いわ—。
劇場グッズはいまいち食指が立たず、珍しく今回はスルーしました。
◆『ETERNAL CHIKAMATSU』-近松門左衛門「心中天網島」より-
シアター・コクーン
2016/3/10(木)~3/27(日)
作: 谷 賢一
演出: デヴィッド・ルヴォー
出演
ハル 深津絵里
小春 中村七之助
おさん 伊藤 歩
中島 歩、入野自由、矢崎 広、澤村國久、山岡弘征、朝山知彦、宮 菜穂子、森川由樹、
中嶋しゅう、音尾琢真
最近、偶然かも知れませんが、近松ものの現代版やドラマやらが多いので、近松ってシェークスピアみたいな感じで捉えられているんだろうか…と思っていたら、D・ルヴォー氏がまるでそんなことを言っていたのでビックリしました。イギリス人は近松をどのように解釈するんでしょう。
『心中天網島』の“世界”に棲む小春と、いまの大阪で、死んだ夫が残した借金返済のため身を売って稼いでいる女(ハル)が蜆川(近松・心中ものの舞台として有名)の橋の上で出会い交わっていく物語。見せ場は前幕の小春心中の場面。七之助が迫力の演技力を魅せてくれますが、これが型としていっそう美しく舞台に映えておりました。えびぞりぃ〜。
七之助は可憐で健気ないい小春。男性の役者が相手ならなんの違和感もないところ、しかし、女性としても華奢で小柄な深津絵里が相手なので、なんちゅうかリアルに身体の性差が気になるということはありました。
小春が棲む虚なる物語世界(向こう側)とハルのいる現実世界(こちら側)との、パースペクティブが錯誤する感じはたぶん面白いはずなのですが、なんとなくちぐはぐに見えてしまう。どこかのピースが噛み合ってないのかな。
ハルが借金を完済するまでに何万何千回身を売らなければならないって計算する場面と、戯曲になってしまった小春の恋は、何百年も上演され続けて、その度に小春は治兵衛に殺される(実際に同じ場面が繰り返し演じられる)というのが重なって見えてくるのですが、小春とまるで瓜二つの境遇のはずなのに、二人が絡むとハルが纏っているはずの哀れ感はなんだか希釈されてしまうのでありました。
ハルがおさんと絡む後幕の方は、五左衛門に夫婦が引き裂かれる場面が省略されてしまったこともあり、さらに個人的には少しダレたかなという感想。
演出は能的な世界感を狙っていたのか、小春なんかは世話物歌舞伎のヒロイン(もとは文楽ですが)というより、蜆川の橋の上の行ったり来たりして成仏できない、中世的な幽玄なあの世の存在として映りました。それは、とても幻想的で美しかったけれど。
脇の俳優さん、狂言回しの中島しゅうさんや、イサオ/孫右衛門の音尾琢真さん、達者でした。
それから余談ですが、劇中歌で小春の歌が流れるのですが、女声なのに七之助の音感が良いのにびっくり。ポテンシャル高いわ—。
劇場グッズはいまいち食指が立たず、珍しく今回はスルーしました。
2016年3月8日火曜日
2月に読んだ本
2016年2月の読書メーター
読んだ本の数:2冊
読んだページ数:616ページ
ナイス数:11ナイス
わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)の感想
高峰秀子さんの文章は本当に読みやすい。5才から子役スターとして家族を食べさせるために映画界で活躍、ロクに小学校にもいけず青年期は学歴コンプレックスで葛藤があったという。文章の上手下手は学歴カンケーないな。学校で身につける以上に鋭い観察眼と深い洞察力を持つ方だったのだろう。だからこそ小さい頃から自分が置かれた状況の中で冷静に大人の世界を捉えることができたのだろう。さらに驚くべきはその記憶力。そして愛される人というのはどこまでも人を虜にするんだなと、本人は何気なく描くエピソードに目を丸くした。上巻は終戦まで。
読了日:2月27日 著者:高峰秀子
知られざる芸能史 娘義太夫―スキャンダルと文化のあいだ (中公新書)の感想
かの国鉄・十河総裁も若いころ娘義太夫に嵌ってたと別の本で読んだが、江戸時代には禁令が出され、明治には青年達に追っかけ連を組織させるほど大流行した芸能なのに、いまや歌舞伎・文楽のように見る機会がないのはもったいない。著者は娘義太夫の歴史を丁寧に紐解きながら、何がこの芸能を衰退に追いやっていったのかも検証しており興味深い。一世を風靡した呂昇の芸風が「歌い型」とされて上級なものとされず継承者がないとか、女性が担う芸能の立ち位置や難しさが伝わってきていろいろ勉強になった。とりあえず現役“女義”の芸を観たい。
読了日:2月7日 著者:水野悠子
読書メーター
読んだ本の数:2冊
読んだページ数:616ページ
ナイス数:11ナイス
わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)の感想
高峰秀子さんの文章は本当に読みやすい。5才から子役スターとして家族を食べさせるために映画界で活躍、ロクに小学校にもいけず青年期は学歴コンプレックスで葛藤があったという。文章の上手下手は学歴カンケーないな。学校で身につける以上に鋭い観察眼と深い洞察力を持つ方だったのだろう。だからこそ小さい頃から自分が置かれた状況の中で冷静に大人の世界を捉えることができたのだろう。さらに驚くべきはその記憶力。そして愛される人というのはどこまでも人を虜にするんだなと、本人は何気なく描くエピソードに目を丸くした。上巻は終戦まで。
読了日:2月27日 著者:高峰秀子
知られざる芸能史 娘義太夫―スキャンダルと文化のあいだ (中公新書)の感想
かの国鉄・十河総裁も若いころ娘義太夫に嵌ってたと別の本で読んだが、江戸時代には禁令が出され、明治には青年達に追っかけ連を組織させるほど大流行した芸能なのに、いまや歌舞伎・文楽のように見る機会がないのはもったいない。著者は娘義太夫の歴史を丁寧に紐解きながら、何がこの芸能を衰退に追いやっていったのかも検証しており興味深い。一世を風靡した呂昇の芸風が「歌い型」とされて上級なものとされず継承者がないとか、女性が担う芸能の立ち位置や難しさが伝わってきていろいろ勉強になった。とりあえず現役“女義”の芸を観たい。
読了日:2月7日 著者:水野悠子
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