2017年8月31日木曜日

野田歌舞伎の復活『野田版 桜の森の満開の下』

朗報です。野田歌舞伎が復活しました。

8月納涼歌舞伎といえば、恒例の三部制。勘三郎さんや三津五郎さんが工夫を凝らして作ってきたんですよね。その歌舞伎座で、そのご子息たちががんばっておりますので、お盆だったけど、役者の魂もお家に帰る前に小屋にお立ち寄りになっていらっしゃることでしょう。きっと。

 っていうか、お孫ちゃん世代もがんばっております。

ん?…っん!!!!これは千之助君、ちょっと見ぬ間にイケメンに…。
この方が、「吉田屋」の伊左衛門とか、「女殺油地獄」の与兵衛とか、脂ののったお芝居を見せてくださるころまで、我が黒翅は元気で保っておきたいものですな…。(しばし妄想)長生きしたいよ〜。

いやいや、うっかり横道にそれてしまいました。話は舞台に戻しましょう。

十八代目中村勘三郎が作り出した新しい歌舞伎の中でも野田歌舞伎『研辰の討たれ』は、平成時代の歌舞伎の金字塔だと、虫六、個人的には思っております。なので、勘三郎さんが亡くなって、野田歌舞伎も無くなってしまうのかなと、喪失感をいだいておりましたが、『贋作 桜の森の満開の下』を歌舞伎に…という勘三郎さんとの生前の約束を果たす形で、今回の野田歌舞伎復活となったそうです。

坂口安吾作品集より
野田秀樹 作・演出
『野田版 桜の森の満開の下(さくらのもりのまんかいのした)

耳男     勘九郎
オオアマ   染五郎
夜長姫    七之助
早寝姫    梅枝
ハンニャ   巳之助
ビッコの女  児太郎
アナマロ   新悟
山賊     虎之介
山賊     弘太郎
エナコ    芝のぶ
マネマロ   梅花
青名人    吉之丞
マナコ    猿弥
赤名人    片岡亀蔵
エンマ    彌十郎
ヒダの王   扇雀

予定が立たずチケット撮り損ねておりまして、幕見しかないと諦めていたんですが、N姐さんとご一緒することになり、なんだかんだでS席でみることができました。(うれし)
予習が出来なかったので、開演前に筋書きを読んだけれど、カタカナが多くて、さっぱり頭に入ってきません…。うんにゃあ、成り行きでみるしかないか。

そんなわけで、あらすじはこちら参照
小劇場版の『贋作(にせさく)桜の森の満開の下』は、Kindle版でも脚本が読めます。

『研辰_』は歌舞伎脚本を野田さんが改訂して演出したものでしたが、『桜の森のー』はもともと夢の遊民社(小劇場運動の第三世代における代表的な劇団)のお芝居として書かれた脚本なので、それを歌舞伎に仕立てるのは難しそうです。
畳みかけるような言葉遊びのセリフ回し、ゴムボールがはじけるようなスピード感、時空を綯い交ぜに行き交うカオス感が、遊民社の芝居の持ち味。歌舞伎に慣れた頭で見るとついていけないになって、野田さんのお芝居を見慣れた頭だとスピード感が物足りないと感想が別れそうです。
でも、虫六の率直な感想は、「さすが!」と思いました。さすがです、野田さん。

いくつか佳いなと思ったところ。

①音楽の使い方。
劇中に印象的に登場するテーマ曲には、2つの西洋音楽が使われていて、他はすべて下座音楽でした。
1つはオペラ『ジャンニ・スキッキ』のなかのアリア『私のお父さん』で、もう1曲はウェールズ地方の子守歌『SUO GAN』という曲だそうです。

耳男が満開の桜の花の下で背中の鬼と対話する、冒頭の場面で、『私のお父さん』が流れると、この作品全体が勘三郎さんに献げられているのか??と思いたくなりますが(いえ、関係されたみなさんの実際の思いとしてはあったと思いますが)、この曲は初演の時から使われていたようです(*1)。その偶然に感嘆します。のっけで桜の森に誘い込まれてしまいました。会場のどこかに勘三郎さんがいるような。

*1)ニコニコ動画に夢の遊民社が上演した『贋作 桜の森の満開の下』がアップされているとフォロワーさんから情報を得まして、拝見しましたが、間違いなくこの曲が使われていました。
また、こちらのブログでは初演時の音楽について詳しく書かれていらっしゃいます→「ごめんね、日常」[noda]僕の好きな音楽~「贋作・桜の森の満開の下」編

『SUO GAN』は、夜長姫が桜の花びらの中に消えて衣1枚が残るエンディングの場面で、それまで流れていた『私のお父さん』からスイッチで流れますが、この透き通るような合唱に深い余韻が刻まれます。この曲は、第1幕の、古代のクニづくり遊園地のカニのメリーゴーランドのところでも明るい編曲で流れてました…(って、見てない人はなんのことやらですね)

象徴的な音楽が西洋音楽だったのと、『研辰_』の時に竹本を面白くつかったみたいな地方さんによる派手なパフォーマンスはなかったけれど、他の劇判はすべて下座がやっていましたし、それも歌舞伎らしい合方が入っていて、良い感じでした。
嘘の三名人が弥勒菩薩を彫るノミの音が調子をもって、いつのまにかお囃子みたいになるところとか、染五郎が得意の鼓を打ったりして可笑しかった。
サントラを出してほしいくらいです。

②七之助の好演。
もとより七之助贔屓の虫六ではありますが、この役は“はまり役”だと思います。
鬼女の本性を肚にもち、童女のような無垢な凶暴さを、輝く姫の姿で振る舞う夜長姫。純情可憐・清廉潔白な早寝姫とは一対で(イタロ・カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』みたい)、夜行性で、太陽が照る青空の下には人が右往左往する様子ばかりを見つけてしまい、それをみて大喜びしているという、恐可愛い複雑な人格を、歌舞伎の型を使って演じるのだけど、これが自意識が出過ぎないし、とても綺麗に決まっていました。
「女形でなければ表現出来ない役」とすら思えてしまったのでした。

七之助が、これまで、演じてきたいろいろなお役が結実しているんだと感じました。
『妹背山婦女庭訓』のお三輪など歌舞伎の役柄はもちろん、いのうえひでのりが演出した歌舞伎NEXT『阿弖流為』(2015年)での立烏帽子と鈴鹿の演じ分けや、シアターコクーンでの「ETERNAL CHIKAMATSU ―近松門左衛門『心中天網島』より―」(2016年)の小春役(おー、このとき共演したのは野田MAP版『贋作 桜の森_』の夜長姫を演じた深津絵里だったりして)の舞台もフラッシュバックしました。
他にも思い出されるお芝居いろいろありましたが、それらとも違う芝居。

七之助がついに化けた、と感じました。

会場のどこかにいた(と思う)勘三郎さんも、おもわず唸ったのではないかな。
そして、それを引き出したのは野田秀樹さんでしたね。

③最後の場面の完成度
野田さんも、歌舞伎版に改訂するにあたって、歌舞伎要素をいろいろ入れていました。いつの間にか「鬼」のレッテルを貼られ、追いつめられた耳男が夜長姫の手を引いて逃げる場面では、花道に入ったら、今度は姫が先に立ち耳男の手を引っ張って引っ込んだりして「曽根崎心中」の有名な場面がオーバーラップしました。そのあとの大団円は、桜が満開で、ピンクの布が道のように交差しつつ張りめぐらされて、実に見事でした。その中で、耳男が、鬼女となった夜長姫を殺しますが、これは「殺し」というより「情死」の場面でのようでした。いえ、耳男は死にませんでしたが。

家に帰って、『贋作 桜の森の満開の下』の脚本を読んで見たのですが、これが驚くほどセリフに既視感がある。実はほとんど変えていないのでは?と思うほど。演出って凄いんだなぁ。

さて、この見事な舞台装置は、堀尾幸夫さんが手がけていて、堀尾さんはこれまでの野田歌舞伎やNODA・MAP、三谷歌舞伎、スーパー歌舞伎『ワンピース』も手がけている舞台美術家です。たしか、中島みゆきの「夜会」の舞台美術も堀尾さん。
今回の桜の花は、「歌舞伎のいつもの桜あり、新しいお芝居のための特別な桜もあり。舞台が桜に満ちていて、なかなかの風景でした。」(歌舞伎座舞台装置株式会社ホームページ)という現場の声もあり、なるほど、歌舞伎座にあった歌舞伎らしい桜とこの芝居のために作られた桜が融合していたんだと知りました。
歌舞伎そのものへのリスペクトも感じさせる美術でした。

実は、余りにも余韻を引きづり過ぎて、他の部を見る気になれず(虫六としたことが珍しい)、2日後に予定していた幕見並びを取りやめて、新宿に講談を聴きにいったのですが、

その帰りにふらふらと東銀座にきてしまいまして、そしたらちょうど幕見の席を片付けるところで、札止めが掛かるところだったのを滑り込んで、また見てしまいました…(゚m゚*)
110番なので、当然立ち見です。4階の立ち見。

2回みたけど、2回目も面白かった。今度は筋が入っていたので、見切りがあっても着いていけましたしね。

初見では、勘九郎の耳男に勘三郎の姿が重ならず、ああ、いよいよ勘九郎も当代の芝居をするようになったなぁと感慨が深かったのですが、2回目遠くからみていたら、ときどき野田さん風の芝居が入ってました(笑)。わざとか?

個人的には、勘九郎のニンではマナコの役の方が似合うような気がしました。座長なのでなかなかそういう分けにはいかないと思いますが、再演する時は、特別マチネで「勘九郎=マナコ」でキャスティングいかがでしょう。
壁・ドン・オオアマは染高麗で決まり。エナコ芝のぶさんも好演でした!

…で、耳男は誰に?…巳之助クンなんかどおですか?
(ハンニャ役、小粒な役ながらすごく存在感ありましたよ!)

別の日にシネマ歌舞伎の撮影隊が入っていたという情報もありましたので、上映されるようになったら、また見に行きたいと思います。

2017年8月11日金曜日

7月に読んだ本

7月の読書メーター
読んだ本の数:4
読んだページ数:869
ナイス数:3

役者七十年 (1976年)役者七十年 (1976年)感想
昭和50年に朝日新聞に連載された十三代目片岡仁左衛門の随筆集。東京と上方で活躍した十一代目を敬愛し、尊敬しながらしんなり成長していく御曹司の少年時代、「片岡俳優養成所」のこと、青年歌舞伎時代、関西歌舞伎不況時代の危機感から一家をあげて挑んだ「仁左衛門歌舞伎」と、ご本人の随想なのでいろいろ興味深く読めました。巻末の年表もうれしい。それにしても十三代目って嫌みのない良い人だなぁ。若い頃の美少年ぷりも麗しい。
読了日:07月28日 著者:片岡 仁左衛門

茶色の朝茶色の朝感想
普通に友人との会話を楽しみ、朝のコーヒーを味わっているような日常に、じんわりと染みてくる「茶色」。深く考えずに目先の「安心」や「安全」のために「茶色化」を受け入れている内に、自由を奪われ取り返しの付かない事態に追い込まれていく。やんわりした寓話なのに底知れない怖さがありました。西ヨーロッパに極右運動が広がっていくのをみて、あるフランス人が「茶シャツのヨーロッパ」と名付けたそう。フランス人は敏感だな。いま、私たち日本の暮らしも茶色に染まりはじめていることを自覚しなければならないと、ぞっとしました。
読了日:07月20日 著者:フランク パヴロフ,ヴィンセント ギャロ,藤本 一勇,高橋 哲哉

日本会議の研究 (扶桑社新書)日本会議の研究 (扶桑社新書)感想
何やらいつの間にか右傾化していく日本。やばすぎる現政権のバックボーンを知っておかねば…の気持ちで読みました。
読了日:07月15日 著者:菅野 完

帰る場所 (ビームコミックス)帰る場所 (ビームコミックス)感想
まだ駆け出し時代の近藤先生の短編集。まだ中世説話の世界観ではありません。いまならもっと筆を省略しているなとか、初々しさを感じる部分もありますが、コントロール出来ない心の陰を描き出す鋭さや、得も言われぬ神秘性など、紛れもない近藤先生の作品だと思いました。
読了日:07月09日 著者:近藤 ようこ


読書メーター

重森三玲の庭園_岸和田城「八陣の庭」

せっかく大阪まで来たのですが、虫六には時間がありません。翌日の2時には関西空港第2ターミナルで搭乗手続きをしなければならないので。
でもせっかくなので、大阪と関空の間に何かないかなということで探したところ、あった!重森三玲の庭園がありました!

岸和田市の中心(?)岸和田城。天守閣は文政10(1827)年に落雷で焼失し、維新期には櫓・門なども破壊され、近世以前からの構造物は堀と石垣だけだそうです。石垣、凄く立派でした。天守閣が再建されたのは、戦後の昭和29年です。

そして、このお城の庭が重森三玲が作庭した「八陣の庭」。重森の作品の中でも最大級のスケール。しかも、作られたのは、天守閣が復元される以前の昭和28年だったそうです。
じっくり見たかったんですが、雨がね…。

戦後間もない時期だったので、二度と戦争のない平和な世界を願って、『三国志』で名高い軍師・諸葛孔明の守りの兵法「八陣の兵法」をテーマにしたとのこと。
天守閣が再建されることが決まっていたのと、飛行機が飛び交う時代の到来を考えて、天守閣や空からの眺望を意識して作られたんだそうです。網越しがちょっと残念ですが、スッキリした概観は捉えることができました。
(「重森三玲の庭案内」平凡社 2014年 より)

ひえー、雨が、雨が襲ってくるよー!っていうんで、慌ててピーチに乗り込みました。(舞台でも雨が降っていたなー、と)仁左衛門の余韻に浸りながら、大阪、さらばー。