2011年3月23日水曜日

町に血の気が帰ってきた…かも_3月22日震災12日目

昨日納豆が手に入ったので、今朝は納豆ご飯です。
ガスパ家のお友だちのうどん屋さんからいただいたトロロ芋付き、日本人です。


連休が明けて、今日から自宅待機をやめて会社に行き始める人が増えているのでしょうか。昨日までより車の量が多く、スーパーの行列も目立たなくなってきました。モノも入るようになってきたのでしょうし、各戸のストックも安心できる量になっているのかも知れません。
あいかわらず、一般車両にはガソリンが回ってこないので、そればかりはみんな困っているようです。

虫六子は登校日。明日は卒業式なので、その諸連絡があるみたいです。

虫六も今日から出勤で、1時からなので、下校してきた虫六子を片付けの手伝いに同行することにしました。地震以来、虫六子は1人で出かけたがらず、いつも親にひっついています。

午前中は、原子力関係の情報をリサーチしました。

  (*県別の放射線モニタリング状況を公表しています)

  (*2011/3/18より東北大学が学内での放射線測定結果を公表。
    測定場所は仙台市青葉区青葉山地区)

しかし、モニタリングの数値を見てもどう読めばいいのか分からないので、信頼できそうなサイトを探してみました。

  (*「うんち・おならで例える原発解説」が、分かりやすくて何となくわかった。)

○唐沢俊一さんがMIXIでこんなつぶやきを…。
「いまだ武田邦彦の煽りを拡散しているブロガーがいる。とりあえずhttp://d.hatena.ne.jp/NATROM/20110318ここを読んで解毒してくれ。(03月19日)」

  (*東北大学の脳神経科学者のブログ)


陽司師匠のMIXIで、田中康夫が直ぐに相馬入りしたというつぶやきがあったので、さっそく見てみる。

「相馬市も南相馬市も飴と鞭の原発政策とは無縁の自治体」とあり。その通りだよ!!

午後出勤。
職場は建物の安全確認がまだなので、立ち入りもできない。今月いっぱいは自宅待機となった。予定していた仕事は中止…。ボランティア休暇が取れるか確認してもらうことにした。
停電中の部屋に入って、崩れおちた資料を片付けた。暗くなってきて、途中でやめて帰ってきた。

先日、ヨークベニマルで買った生パスタをメインにボロネーゼ・フェットチーネ。昨日迷い荷物で届いたカマンベールチーズとソーセージ。いつもながら、悲壮感のない晩餐です。

2011年3月21日月曜日

迷っていた荷物到着_3月21日震災11日目

連休最終日で明日から仕事だが、ライフラインが復旧しないし、ガソリンもないのであまり状況は変わらない感じ。

朝ご飯。普段より必死で食材を買っているので、しっかりした食事をしている感じ。
震災以前は虫六子の塾通いなどもあり、それぞれ個食していたりもしたのですが、今は5人世帯で食卓を囲んで何だか楽しい。虫六子も朝晩の食事を楽しみにしているようだ。
暖かいご飯が食べられない被災地の皆さんに申し訳ない。

しかし、公式の避難所でなく、親戚友達に家に身を寄せている人たちもかなりの数があるようだ。ガスパママの会社の同僚さんのお宅には親戚一同が避難してきて15人だそうだ。
「ブック・カフェ 火星の庭」では被災した友人数名が集まり、身を寄せ合って共同生活となっているとか。

町ではほとんどの経済活動が出来ていないように思うけど、連休が明けたら少しずつ動き始めるのだろうか。

昼過ぎに宅急便から電話。
11日付けで発送されたクール便を営業所留めで預かっていると。家人Tの誕生日だったので、実家の母がデパートから発送した荷物のようだ。車がないので営業所まで取りにいけないとTは一瞬渋ったが、比較的近くの営業所だったので、とりあえず自転車で取りに行くことにした。

でっかい段ボールを自転車で運んできた。

中身は、カール・レーモンのソーセージ、カマンベールチーズ、バター、ジャム…助かる〜!
停電で3日ほどヤマトの冷蔵庫に入ったままだったので、品質に不安ありとのことだが、ま、大丈夫でしょ。

虫六子の中学校では卒業式をやってもらえることになったけど、沿岸部の学校は津波に流されたところもあり、今後どうなってしまうのかわからない。公立高校では合格発表もまだだし。
大学も卒業式や入学式を中止するところが多い。卒業証書を郵送したくても、もう住所が無くなっている学生もあるとのこと。
ちょうど学年末だったので、アパートの契約を切って引っ越すことになっていた卒業生に行き場所がなくなっているケースもあるらしく、Tの学校では体育館を一時的に荷物を預けられる場所として開放することにしたそうだ。(それはそれで管理しなければならず大変だ)
また、早稲田大学では被災した今年度の入学予定者に書類提出および学費等の納入期限を柔軟に対応するほか、学費等の減免、入学時期の延期などの措置を可能にして奨学金も受付することを決めたそうだ。
個別の県や市町村の教育委員会レベルでも小中高の子供達を対象にそのような措置をとって、教育の機会が失われないようにして貰いたい。けれど、今度の震災は広範囲なので個別の自治体単位では処理しきれない転校などの問題も相当多数出てくると思われるので、国レベルで体制を整えてくれないことには、立ちいかないと思う。
まずは命の救済が急務だけど、次々に難題は山積している。

夜、ガスパママがお風呂を沸かす決心をした。ガスパ家は灯油でヒーティングしている家だったのだが、節約してお風呂を控えていたのだった。11日ぶりで虫六子と湯船に浸かる。生き返った〜。身体が温まったら、「どうにかなる…」とちょっと楽観的な気分になった。
お風呂のパワーって凄い!

震災後はじめて父の声を聞く_3月20日震災10日目

朝早く秋田の姉からIHクッキングヒーターが手に入ったとの電話がある。運送用の袋に隙間があるから何か入れてやると言われ、日用品はとりあえず揃えたので、「稲庭うどん」をお願いしてみた。問題はどうやって発送してもらうかだったが、秋田ー山形間でヤマトの個別配達が開始されたということで、Tの職場宛に送ってもらうことにした。

昨夜はガスパールが吐いたとのことで、ガスパパは動物病院に電話。午前中はやっているとのことで、まずは良かった。

朝食前にM永圭江先生より心のこもったお見舞いメール。ありがたや〜。ちょっと緊張しつつ誠意を込めて丁寧なメールを返す (^-^; 
今年の5月末はお浚い会の予定だったが…(遠い目)
続いて、いつもお世話になっているI田さんから、震災発生以来やっと休みがとれたとのメールがあり、電話してみる。単身世帯の上、ずっと仕事で買い物ができていないとのことなので、ウチから食材等必要物資を持って行くことにする。

TがOケーキ店にてパンの列に並ぶと電話。1人1個なので、虫六子を走らせる。

I田家に出かけるタイミングで、虫六子の親友Hちゃんとそのお母さんが立ち寄ってくれた。
公立の発表が延びたままで気の毒な中学3年生。

I田家に食料を運んで、虫六秘蔵のショコラBBも差し上げた。
お昼はご飯を炊いて待っていてくれた。缶詰カレーをみんなで食べた。
避難所に逃げて命が助かった人たちが避難所を出るときにも大変だと、本当に大変なのはそれからだという話。東京で計画停電している状況で巨人戦をやろうというプロ野球協会は絶対に公益法人などにはしないで、文科省はしっかり税金を取るべきだと憤っていた。街頭で募金募る選手もいれば、何が何だか…。

ものが倒れてめちゃめちゃになっていたHさんのアトリエ復旧。
作品が壊れていなくて良かった。

庭の木に芽が吹いていた。春が近づいています。
(でも、放射能が心配なので、まだ春一番はゴメンです)

帰り道、仙山線を歩いて保線点検している作業員の方を発見。
JRもまだ不通のまま。がんばれ!

近くの西友が開いていて、並んでないので入店。棚には何もなかったが、ティッシュペーパーと虫六子用の飲み物を買う。

自転車でガスパ家に帰宅。
ガスパールの不調にあわせて、ガスママも体調が優れなかったとのことで、1日伏せっていたらしい。ストレス貯めない明るい被災生活をしているつもりでも、みんな疲れが溜まってきたのかな。病気をしないように気をつけないと…。

今日の晩ご飯。
鶏と大根のバター醤油煮、厚揚げと小松菜の煮浸し、ブロッコリーのごま和え、ごはん。(酒なし)

夜、実家に電話。いつも兄の電話は必要最小限の話だが、父母と話す。震災後はじめて父の声を聞く。めんどくさいことを言わないで兄の言うとおりにしてくれと念を押す。「こっちに来たら、壊れた棚を直してね」というと、少し声色が和らいだ。しかし、相馬の状況は好転していないようだ。6号線も常磐線も津波で壊れたので、福島経由でないと移動できない。開業医が逃げて(?)病院をあけていないので、持病(高血圧)の薬が貰えない。原発は自分たちは年寄りだから仕方がないけどY君(高校生の甥)は避難させてやりたい…と。
Y君の高校は南相馬市だ。ふたたび通学することは可能なのだろうか?S市の高校に転校することとか出来るのだろうか?などと、いろいろとまた考えが堂々めぐりする。

自分たちの将来も含めてだが、ついこの前まで想定していた未来はもう無いんだな…と思う。

原発の沈静化を、とにかく祈る。祈るしかできない。

原発は廃炉前提で一刻も早い沈静を_3月19日震災9日目

昨日買ったパンで今日も健康朝食。めげちゃいられません。

Tは今日もY形へ。バスに並んだ人の数が昨日の4倍だったとのこと。
友達のW君が仕入れた野菜を分けてくれると来ることになっているので、お昼のおにぎりを渡そうとご飯を炊いて待つ。K新鮮館でゲットした筋子があるので、筋子おにぎりだ。

虫六子と片付けつづき。すぐに整理し直せない感じなので、ベットの下に入れた本を一旦出して、下に着物用のタトウ紙を敷いておく。梅雨前になんとかせねば…。他の部屋の荷物もできるかぎりこの部屋に運ぶことにする。

原発が気になるので、テレビのニュースをかけ放しにしておく。

W君が肉と野菜を持ってくる。代わりに米を5キロ、カレー粉と筋子おにぎりを渡す。
久しぶりにあったので、いろんな話をする。家が流された友達の消息や、W君の奥さんの実家も被害にあったが、命は無事だったと。タクシーの運転手が友達にいるので、気仙沼に行ってみるつもりだと言っていた。道も交通手段も遮断されているので、被災地に家族がいる人たちの焦燥感、もどかしさ、無力感…そういうものも溜まってきている。

それにしてもW君の生きる力は凄い!飲食店の友達から卸や情報をゲットして、大量に肉野菜を調達し、隣近所の要介護老人宅へ分けたりしているということ。えらい!
気仙沼の実家の状況しだいでは、向こうに本拠地を移す覚悟をしたそうだ。
「虫六さんたちが酒も飲んでると聞いて、負けてられないと思いました!」と、煙草やめない宣言をして元気よく帰っていきました。

午後は、ブログを更新した。
沢山日記が溜まっているので時間がかかるが、片付けなどやらなければならないこともあり…。タイムラグが…。
虫六子は相手をしてもらえず手持ちぶさた。

T帰宅。今日も米5キロ買ってくる。

ガスパ家に帰りニュースをみたら、自民党・谷垣総裁が菅総理から副総理兼震災復興担当対人への就任要請を袖にしたとのこと。日本が壊れるかもしれないというこの局面において、姑息なかけひきしないで欲しい。自民党は東北を見殺しにするつもりか!と怒りがこみ上げてくる。
また、郡山市長が、「東京電力幹部が福島第一原発の廃炉を「検討している」と発言したことを受けて、「国と東電は廃炉を前提として対応し、米国の支援を受け入れて一刻も早く沈静化すべき」と海江田万里経済産業相に直接電話で要請した」というニュース。廃炉前提!当たり前でしょう。何を迷っているのだろう?
先日の都知事発言といい、政治家は目が見えているのかと思う。

夜、名古屋の従兄弟から相馬の電話が繋がっていると連絡がきて、急いでかけてみる。
義姉と兄と少し話をする。原発は、とりあえず状況を注視しているとのこと。ガソリンは相変わらず手に入らないらしい。

今日の晩ご飯。パエリア、カブとエビのクリーム煮、サラダ、白ワイン
晩餐だけは充実しています。
食事後みんな眠くなり、トドのようにバタバタ。正直、疲れは溜まってますね。

2011年3月20日日曜日

虫六子の部屋を倉庫にする作戦_3月18日震災8日目

今日は家人Tが仕事でY形県に行かなければならない。バスが一応通るようになったが、今日の内にちゃんと帰って来れるか心配だ。天気は昨日より暖かだけど、雪は積もっている。

昨日買ったパンが今日の朝食。コーヒーは買い置きがいっぱいあったので、いつもの朝食と変わらない。ガスパパパがヨーグルトをゲットしてきたので健康な食事だ。

8:00過ぎに激込みのバスでBパン店に向かう。パンを焼いて売るというので虫六子と並ぶことにする。すでに40人、開店は9:30。パンがあると米を食べなくて済む。少し早めに開店となり、比較的回転良くすすむ。1人2つまでというので、虫六子にも袋を持たせる。虫六子が保育園時代によく通ったパン店で、本当は1世帯2つまでだったみたいだったが、おばちゃんが「特別だよ!」と笑いながら2人分売ってくれた。ありがとう!帰宅して、半分はガスパ家に、もう半分は冷凍した。

大破した本棚を分解しながら片付ける。マンションの共同廊下に仮置きしていたら叱られたので、出来る限り小さく分解して、粗大ゴミが持っていってもらえるようになるまでベランダに置いておかなければならない。

まずは、相馬の家族が来ても居る場所があるように、急いで部屋に空間を作らねばならない。
虫六子の部屋を潰して物置にすることにした。

効率的に本をしまうために、ベッドの下にいれることにした。
一度くくった本の束を足の高さに揃えて、奥から入れていった。意外に詰め込めることが判明。
和室に空間ができた、とりあえず迎え入れられる…。
原発はどうなっている?
ガソリンが入手できないせいもあるのだろうか。実家からは連絡なし。

山口のMさんからお見舞いの電話あり。歌手のTさんの石巻のお母さんが津波にのまれたとのこと。そういう話をこれから沢山聞くことになると思う。石巻のN先生の消息がまだ分からない。

虫六子の中学校から連絡がある。卒業式は23日になる。公立高校の合否発表も23日。
本当はいまごろ高校も決まって、入学準備をしていたはずだった。
携帯電話を買ってもらえると心待ちにしていたのに、片付けやスーパーの買い出しに駆りだされている。親や家を無くした沿岸部の子供たちのことを思えば気の毒さの次元は全然違うけれど、これまでの受験の頑張りや、入学式はあるのかな?というようなことを考えると、やっぱり可哀想だと思う。ちょっと厳しくあたってしまう自分にちょっと反省。

6:00過ぎにTが帰ってきた。
山形はまだ少しものが入手しやすいとのことで、デイパックに5キロの米を2つ入れ、野菜も持って帰ってきた。話に聞く「戦後の買い出し」みたいだと思った。

ガスパパが自転車で走り回ってIHクッキングヒーターと電気湯沸かしポットを買ってきた。
この地域のライフラインは水道と電気のみ。ガスは1か月以上復旧のめどが立っていないので、ボンベが品不足のカセットコンロに頼る生活には限界がある。
いずれ、両親がくればガスパ家は出なければならないので、わが家でも1台ゲットしたいところだが、東京方面からは荷物を届けてもらえないし、物不足が聞こえてくるので、秋田の姉に探して貰うことにする。

今日の晩ご飯。
Bのバゲッド、ミネストローネスープ、サラダ

1日中NHKをかけながら作業したのだが、同じニュースばかりだ。原発が本当はどうなっているのか心配だ。Tがメールで武田邦彦氏のHPアドレスを送ってきた。政府もNHKも本当のことを報道しているのかわからない。
地震や津波の被害も甚大だけど、福島県がさらされている原発汚染の方も不安で怖い。
親兄弟に回避してもらうことはもちろんで、出来る限りのことをするけれど、もし、あの土地が汚染されたら相馬地方の人たちは立ち直れるのだろうか。温暖で、海も山も豊かな土地なのに。相馬野馬追いには町中の人たちが沿道にでて行列を見送った、あの平和な町が、どうしてこんな酷い目にあわなければならないのか?
なんとか、原発の被害を最小限に食い止めて欲しい。願うのはそのことばかりだ。

ネットをつないだら、15日に行こうと思っていた国立劇場の3月歌舞伎が中止になっていた。そういえば、震災2日目に予約していた「えきねっと」からチケットを取りにこないと自動請求するぞというメールが来ていた。新幹線も走っていないのに。
東京でも揺れが続いていて、ヒステリックな買い占めがあったりしているらしい。終末感が日本全体を覆って来ているのかな。

S市の私たちも被災者ではあるけれど、壊滅的な打撃は受けていないし、家族も元気だ。決して被災弱者ではない。こちらの生活を一刻も早く立て直して、彼らを受け入れ支えなければいけない。何か役に立ちたい。
だから、東京の方々、冷静になってください。

市民は粛々と不自由な生活をやりくりする_3月17日震災7日目

ガスパ家にご厄介になるようになり、我々の食生活は普段より充実しています(爆)

朝ご飯。

少し雪が積もっているけど自転車で出発。
あちらのスーパーもこちらのスーパーもものすごい行列。しかし、立ち寄らずに帰宅。中学校からまだ連絡なし。テレビでみずほ銀行のシステムトラブルのニュース。ここで現金が下ろせないのは「弱り目に祟り目」。すかさず近くの銀行に走る。
銀行の近くのケーキ屋さんに人が並んでいたので聞いてみると、パンを売るという。とりあえず並んだら、最初に35個のライ麦パンを焼くというので整理券をもらう。ラッキー。
しかし、開店の時間まで30分以上あったけれど、いっしょに並んでいたご婦人達と濃密な情報交換。野菜を手に入れた八百屋さんとか、どこのスーパーではどういう売り方で何があったとか…。この難局を乗り切るためのいろいろ親切な知恵袋などもあり、なんだか人情厚いコミュニケーションだなぁ。
東北の人たちは我慢強いというか、理性的だと思う。

パン、ゲット!旨そうな匂いです。
今度は、家人Tが一番町の「仙台マルシェ」に山形の生産農家が野菜を売りに来るという情報を得て出かける。しかし、3キロもの列が出来ているということで、断念。別の野菜やの行列が比較的短いというので、そちらで買い物してくるとのメール。

ガスパママの会社で避難所の被災者に古着を送るというので、我が家の服を集めて供出することに。大きいビニール袋2つになる。このところ寒いので、一刻も早く届けて欲しい。

量もあるし、激込みのバスで運ぶのは無理と思い、直接会社に届けることにした。虫六子と自転車に1袋ずつ積んで出発すると、大雪。
なんで、いまごろこの気候ですかー。避難所の方々、どんなに寒いことか…。

途中で壊れたガラス窓や盛り上がった道路など、地震の傷跡を垣間見る。
でも、意外に倒壊したビルなどは市街地ではみない。宮城県沖地震に備えて、防振対策をしてきた効果なのではなかったか。その想定を遙かに超えた地震ではあったわけですが…。

市役所や県庁の脇を通っていくが、緊急車両やテントなどが見える。
高速バスのターミナルにもの凄い長蛇の列。人がごった返している。S市脱出ですか。

帰り道、ドラッグストアが開いていたので滑り込みで入店。花粉症用鼻クリーム、風邪薬、洗剤等を買っておく。

帰宅後、片付けのつづき。
仕事部屋をなんとか片付けて、パソコンをつないでみる。
無事に繋がって、一安心。良かった〜!

ガスパ家に雪道を歩いて買える。

今日の晩ご飯。カレーライス。

夕食中、兄から携帯に電話。
原発がどうなるか分からないが、いざというときは仙台方面に逃げるから、両親を受け入れろと。「なんとでもする」と返事。ガソリンが無くて、動くに動けないらしい。
胸騒ぎが収まらない。明日中に部屋に空間を作らなければ…。

明日明後日は、Tが出勤でY形県に行く。バスが動くのか、ちゃんと帰って来れるのか、それも不安だ。

原発が心配だ。日本はどこまで壊れてしまうのだろう…。