2013年10月30日水曜日

染高麗の『春興鏡獅子』を堪能_国立劇場「10月大歌舞伎」

発表会のプレッシャーから解放されて、翌日虫六が向かったのは国立劇場の10月大歌舞伎公演であります。
おっとその前に寄り道。虫六子に頼まれていたお土産を買わなければなりません。赤坂サカス内のTBSショップでドラマ『スペック』のグッズを所望されていたのですが、おさらい会の前後にでも抜けていこうと考えていたのが、台風の雨に阻まれて挫折していたのでした。

そんなわけで、少し早めに宿を出て赤坂に向かいました。乗り換えの市ヶ谷駅から釣り堀が見えます。台風一過で今日は釣り日和のようです。

11時の開店前にTBSショップに着いたのですが、なんだなんだ?すでに人が並んでいるぞ…。ご苦労様ですと他人事に構えてベンチで時間を潰していたら、この列どんどん長くなっている。(もしかして入場制限されますか?!)と気がつきまして、慌てて列に並びました。こんなところで時間をとられて、歌舞伎に遅刻したら身も蓋もないもんね。でも第一陣に入れてもらえず、15分くらい順番待ちをしました。イタタ。
なんとかお目当ての品をゲットして(ちょっと気前よすぎるくらい買いました。←後ろめたいのか?俺。)、赤坂から散歩しながら隼町へ。


○平成25年度(第68回)文化庁芸術祭主催
10月歌舞伎公演 『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)
        『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)

並木宗輔=作
『一谷嫩軍記  二幕三場 ― 陣門・組討・熊谷陣屋 ―』
   序  幕   須磨浦陣門の場   
           同   浜辺組討の場
   二幕目   生田森熊谷陣屋の場
   
福地桜痴=作
新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』長唄囃子連中
       
   (出演)
   松 本 幸 四 郎
       中 村 魁   春
   市 川 染 五 郎
   中 村 松   江
   市 川 笑   也
   市 川 左 團 次
            ほか  

『一谷嫩軍記』は、よく「熊谷陣屋」の場は観る機会がありますが、序幕から観たのは初めてでした。
染五郎の敦盛ははまり役ですね。よく‘紅顔の美男子’の代名詞だったり、白馬に跨がる緋縅の甲冑や幌を身につけた武者姿は、人形や錦絵のモチーフにもなる敦盛。あー、敦盛ってこれだったんだ!と納得の眩さでした。

さすが、小学生の時に張りぼての馬が欲しいと親にせがんで大道具さんに作らせてしまったという破天荒なエピソードをもつ筋金入りの梨園の御曹司であります!(『染五郎の超訳的歌舞伎』小学館・2013年、参照)

そして、その敦盛の首を熊谷直実が討つわけなんですが、お話の筋的には、自分の息子・小次郎と同じ年の敦盛の若い命を奪うことへの不憫さで躊躇っているように描かれていくのですが、すでにこの話をよく知っている観客にとっては、実はそこにいるのは敦盛と入れ替わった小次郎で、つまり直実は我が子を手にかけなければならず躊躇し苦悶していることが分かるわけです。そして、自ら身替わりになることを納得して、はやく首を切ってくれとせがむ息子…。こんな断末魔があっての「熊谷陣屋」だったのですね。
そして、これを踏まえて首実検の場をみると、過剰な演技などなくても、直実の苦しみや無情感がずんと伝わってくるような気がしました。いつもは勝手に出家していく直実に対して、息子を奪われただ置いて行かれる相模に同情…なんですが、今回ばかりは直実の辛さがよく分かりました。幸四郎丈の直実もとても良かったように思います。ちょっとうるっと来てしまいました。
それから、左團次さんの弥陀六もとても良い感じでした。

さて、お目当ての『春興鏡獅子』。今月は染高麗であります。
8月の中村七之助のも相当、相当、良かったのですが、こちらもまた格別の内容でした。眼福づつき…(爆)

染五郎の弥生は、いかにも御殿女中(当時のキャリアガールでしょうか?)の気品というか芯の強さのようなものが凜としていて、でもかわいくて、すごくステキでした。動きもきれいだし、扇使いなども危なっかしさなどなく安心して観ていられる安定感。
そして、動作が決まるときに先ほどまではバラバラに掛かっていた大向こうが、息を揃えたように一斉に「高麗屋!」とド迫力で掛かった時は、背筋がぞぞぞっとするくらい会場内がひとつになりました。
あれは、役者としてもさぞかし気持ち良かったことでしょう。役者冥利ってやつですね。
ちょうど千穐楽の日曜日だったので、そんな空気もあったのかな。

地方さんは、唄の立てが杵屋勝四郎師匠、三味線が杵屋栄八郎師匠で、三味線には松永忠一郎さんや、虫六ご贔屓の勝十郎さんもいて、こりゃほくほくです。勝四郎さんの美声が響き渡りました。また、お囃子は田中傳左衛門社中!傳左衛門さんの雄叫びがすごい迫力で、2階席からも圧倒されました。やっぱり鏡獅子は隅から隅まで面白いね。

胡蝶の精は、染五郎の長男・金太郞と、中車の長男・團子の競演です。それぞれ子どもらしい伸びやかな踊りで会場から感嘆があがるほどとても可愛かったのですが、それにしても團子くんが踊り上手でビックリしました。小さい時から相当やっているのかなと思いました。そして、胡蝶の役はこのくらい小さくないとバランスは悪いと思いました。勇壮な獅子に対して可憐な胡蝶…。そういう意味で、バランスのとれたいいキャスティングでした。

前半の『一ノ谷〜』でも、遠見の敦盛、遠見の直実という役柄で子役が使われるのですが、リアルに考えれば「等身は違うし子供だましな…」と突っ込みどころはあるけれど、無垢な子どもが役者の扮装で出るだけで可愛いし、人の気持ちを1つにします。昔の人は効果的な演出として子どもを出していたんだなぁと感心します。

最後は獅子の舞い(乱序)、先ほどまでのたおやかな女踊りとは対照的な、勇壮な舞です。花道を、たたたたとやってきた時に獅子の鬘の前髪がふわっと立つのがカッコいい。
動きも機敏で毛振りも豪快で、あの大けがのあとの完全復活をこの目で見届けたという思いです。

最初から最後までいきもつかせぬ魅力で引っ張っていかれまして、なんていうかいい知れない満足感に浸りました。さすが染高麗は魅力的な役者になりましたですね。虫六は2階席の最前列で拝見したのですが、幕が降りた後の客席に広がる満足感…観客はみんな感嘆やらため息やらを残しつつ会場を去っていきました。

はー、満足した。

次の『春興鏡獅子』は、勘三郎のシネマ歌舞伎ですね。


…ところで、『春興鏡獅子』の見比べだけでも息子世代の活躍や成長に心強いものを感じる一方で、バックの演奏からも勝国さんクラスの方々の登場がなくなっているような気がしてちょっと寂しいです。


 


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