2012年4月18日水曜日

国立劇場『通し狂言 絵本合法衢』つづき

うっ!
凌ぎ仕事の無茶振りつづきでブログ上、気を失っておりました。 ( ̄◆ ̄;)

さて、歌舞伎好きの方ならよくご存じのことですが、歌舞伎には「色悪」という役どころがあります。表向きは二枚目で女性に慕われ色事を演じるけれど、実は残忍非道な悪人で、女性を裏切ったり殺したりするお役です。

四世鶴屋南北の作品に代表される『色彩間苅豆(かさね)』の与右衛門や、『四谷怪談』の民谷伊右衛門が有名です。江戸後期の文化の爛熟期に完成された役柄だそうです。

普通の世話物の二枚目ですと、颯爽とした色気はもちろん、例え人生の歯車が狂って命を捨てるようなことになっても(『仮名手本忠臣蔵』の早野勘平など)、悪人と思われた人物が本当は良い奴だったみたいな展開(もどり)だとしても(『義経千本桜_鮓屋』のいがみの権太など)、観客としては感情移入ができますが、この「色悪」というやつは本当に悪い奴なのでそれができない…はず…しかし、三拍子揃った役者が演じると、そのしたたり落ちるような冷たい色気や殺気で「悪い奴とは分かっていても惹きつけられてしまう。惚れてしまいそう」と思わせられてしまうわけです。ある意味、二枚目の真価が問われる役どころといえましょう。

で、何が言いたいかというと、今平成の時代に「色悪」を演じて片岡仁左衛門丈の右に出る役者はいないちうことに、改めて頭を垂れたということですね。歌舞伎座閉場公演での『女殺油地獄』などは近松ものなので時代はぐっとさかのぼりますが、あの与兵衛も仁左衛門丈が演じると、どうしようもない奴なのに美しいのですわ。

型を踏襲しながら、現代に通じる深い解釈のもとに演じられているからなのでしょうね。


そんなわけで『絵本合法衢』なんですが、これも四代目鶴屋南北の作品(正確には、福森久助、二世桜田治助との合作)で、本来は七幕もののお家騒動と敵討ちが主題。今回の上演では四幕十二場の通し狂言となっておりました。

あらすじは、ここに

本家横領を企む大名多賀家の一門・左枝大学之助と、彼に瓜二つの無頼漢・立場の太平次、この二人の悪人を仁左衛門が二役で演じるところが見どころ。
大学之助の格好が妖術こそ使わねど、仁木弾正仕様なのは、やっぱりお家物の敵役だからでしょうか。権力もありいかにも悪事もでかくて人の命など虫けら同然でしかない大悪党の大学之助と、強請たかりで金を巻き上げたりだましたり惚れさせた女を殺したりするような色悪系統の太平次。同じ人が演じてますか〜と言うくらい、人物の描きわけがあり、凄い。実悪というより立役の貫禄や品格なんか必要とされる役どころ(でも、正真正銘のザ・ワル)と二枚目だけど狡賢くて不実な役どころの両方ができないとやれない役なんですね。

今回は前から四番目の花道隣という得難い良席をゲットしましたので、細かい観察を話しますと、例えば、悪事がすんで花道で決めつつちょっと破顔する場面ですと、大学之助の場合はふっと笑うけど次の瞬間は「でも、目は笑ってね〜∑(゚∇゚|||)」という凄みのある作り方、太平次の場合は例の仁左衛門丈の目尻の下がった笑顔で素顔を彷彿させつつ、でもクールに色ぽく決めるという感じでしょうか。そして度重なる殺しの場…。残忍なシーンが魅せる魅せる。(敵討ちの成功はおまけみたいな話ですね、どっちかいうと。)

いえいえのぼせてしまっては見るべきところを見逃してしまいますね。当然のことながら、本当は厳密な型に乗っ取って演じられているのだと思うのですが、このあたりの演じ分けについては、渡辺保先生にすっぱりと解説していただきたいものです。

上演は松嶋屋一門のチームワークといいますか、息のあった感じも好印象でした。敵を討つ善人チームの愛之助丈と孝太郎丈のコンビも爽やかで。また、左團次さんが瀬左衛門と弥十郎の二役で出演されておりまして、めずらしく良い人の役で、その若々しさに凄いなーと思いました。たしか2年ぐらい前に古希を迎えられたんじゃないかと記憶してるんですが、身体的にもいろいろあると思うのに早変わりまでされていて、元気だな〜と!

また、このお芝居では演奏は全て黒御簾ですが、お三味線も良かったし、またお囃子が巧いと思いました。筋書きを見たら、お三味線は杵屋栄津三郎ほか、鳴物は田中長十郎ほか。田中傳次郎の名前もありました。箏曲で川瀬露秋。舞台の表には出て来ませんが、贅沢に人を配していらっしゃいます。

震災で中止になったこの作品、私も再演を待ち望んでいたわけですが、郵送でも受け付けていたチケットの払い戻しをする気になれず、幻になった公演のチケットをずっと大事に持っていました。しかし、せっかく来たのでダメ元でチケットセンターに払い戻しにいってみました。たぶん、もう交換期限は過ぎていたはずで、受付のおねいさんが上役さんに聞きに行ってくれ、“上司判断で”チケットの払い戻しに応じてくれました。戻したチケットは劇場で処分すると言われて、本当は記念にいただきたいと思っていたのですが、上演を見て満足したのでもういらないと思いお返ししました。
ありがとう、国立劇場。

この公演が終わるとすぐに松嶋屋さんご一門は東日本大震災の被災地である名取市(25日)と多賀城市(26日)を訪れてチャリティー歌舞伎公演をしてくれることになっております。

虫六も家族分の名前を使って多賀城市公演にハガキで応募したのですが、全滅でした。やはり多賀城市民優先で隣市の申し込みははねられたんでしょうかね…。仁左衛門丈の心意気をぜひ拝見したかったのですが、これはしょうがないのであきらめました。くぅ。


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